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13.打ち合いと悔恨

 軽く髪を絞ってから雨月は簡単に羽織を(まと)う。すでに木刀を握って待機している無月を待たせまいとした行動はいっそ惚れ惚れするほど早かった。 「そう急がずともよいぞ?」 「いえ、お館様を待たせるわけにもいきまへん」 「俺がいいと言っているのに…」 「従事する者は気にしはります」  雨月の言葉にどこからともなく同意をするような声が心なしか聞こえてくる。それに一瞬手を止めた雨月だが、己が現在進行形で纏っている羽織が急に用意された事や、無月に対しての言葉に同意があった事から一つ気付いた。 「あれは、影の者でっしゃろか?」 「ああ、だろうな。その羽織やらを取ってこさせた」 「さいですか。それは感謝しますが…お館様の近くを離れないなら、色々知ってはるんやろ?あてに報復したいん違いますか」 「そんな事はない…とは言い切れないが、大丈夫だろう。それに、俺がどんな形であれ裸のお前と打ち合いをしていつも通りなら俺が弱すぎると笑われてしまう」 「ご冗談を」  肩を竦めながら茶化した言葉にほんの少しだけ雨月の肩が軽くなる。あっという間に準備を整えた雨月は、余計に用意されていた布を目隠しのために頭に巻く。他よりもはるかに強い雨月が誰かと打ち合いをする時、相手を傷つけず、すぐに打ち合いを終わらせないための対策だった。  そして視界を閉じた雨月が地に刺さる木刀を引き抜いた瞬間から打ち合いは始まる。無月が音も無く肉薄し、まずは上段から振り下ろす。それを自分の木刀で受けてあらぬ方向に相手の刃先が向くように流しながら雨月の切っ先は横凪ぎに無月を狙った。  小気味の良い木刀同士の打ち合いが音となって響く。主に無月が雨月の攻撃を防ぐ時だけ、木刀同士が絶叫するように打ち合いの音を発するがそれはいつもの事だ。 「さて、落ち着いてきたか雨月?」 「…ええ、ほんにありがとうございますわ」  木刀を交差させながら無月は雨月へ言葉をかける。平常と変わらずに木刀を振るう雨月に対して、防戦一方の無月の方が少し息が上がっているのはそれだけ必死なのだろう。 「何となく、いや、どんなにアレが隠しても俺には見えてしまう。何があったか分かる…だが、お前の意志はあそこにあったか?」 「……あての意思…?」 「そうだ。雨月、お前は自分で星を乱したい、抱きたいと思ったのか?」 「思う訳ありまへんがな!!」  無月の問いに思わず力んだ雨月の一刀が振り下ろされ、それを受けた木刀はより一層苦しむように軋んだ。 「ぐっ…!ッそうか、良かった…お前の身体(からだ)に走るその呪印、それは本当に身体だけのようだ」 「あての、身体…?」 「ああ。下腹部から身体中を覆うように這う(まじな)いが見える…それでお前は星にいいように使われたらしいな」  話を聞くと無月には雨月の身体を包む呪いが見えているようだった。赤黒く這い回っているらしいそれは、どうやら他の者には見えていないらしい。術者の血族だから見えるのか、無月だから見えるのかそこは分からない。しかし、雨月が星月の言っていた事を思い返して無月に知らせると大きなため息が()かれる。 「雨月よ、すまんな」 「なぜお館様が謝られはるんですか?」 「わしがもっとあいつやお前を気にかけていればこうはならなかったものを…」 「…そもそもの原因はあの不死鬼でっしゃろ」 「そうかもしれん。だが、あいつもかわいそうな奴でな…名を芍璃(しゃくり)というが、不死鬼でなければまだ救いがあったのかもしれんなぁ…」  憂いを含んだ言葉に雨月が軽く首を傾げると、無月は再び口を開いたのだった。

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