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17.夜の城の主
額に手を当て軽く頭を振った雨月に、ももとくぅは笑い、改めて頭を下げた。
「そういえば、自己紹介がまだでいんした…あちきはこの街にある店の遊女が一人、呼ばれる名は百足 …気付いていんしょうが、蟲毒 から生まれたムカデでありんす。以後、お見知りおきを」
「私は、名を告げられない…でも、ももと似てる。呼び名は…くぅでいい」
それぞれに自己紹介をされたならば、返すのが礼でもある。なにより、ここまで連れて来てもらった恩もあるのだ。名乗らないのは失礼だろう。
「あては雨月といいます。見た通り鬼ですわ」
「鬼?」
雨月が二人の遊女にならって簡単な自己紹介をすると、二人は雨月が鬼である事に反応する。そんな二人の様子に雨月は首を傾げながら思案した。
鬼である事はこの街ではまずいのだろうか。それとも、何か規制でもあるのか。
しかし、街を見れば往来の中に角が有る者もいる。見たままなら鬼もたくさんいるように見えた。パッと見は規制がある様子もない。
だから、雨月には『鬼』という言葉に二人が反応した理由が分からなかった。
「何かまずいことでもおありで?」
「あ、いえ。違いんす。少しだけ驚きんした…確かに、お美しいと思っておりんしたが…まさか本物の鬼だなんて…お前様は生まれながらの鬼ではありんせんか?」
「ええ、そうですわ」
「そうでしたかえ。それが珍しいと思いんしてね」
「珍しい?」
鬼と言われる者は多いはずだ。珍しいという百足 の言葉に雨月は思わず首を傾げる。
「ええ。鬼は鬼でも、お前様のような生まれながらの鬼はとても珍しいんすえ。お前様方は数も少なければ己の里からあまり出んせんでしょう?」
「そう言われると…そうかもしれまへんなぁ…」
百足 の言葉に雨月は改めて考える。確かに生まれながらの鬼の絶対数は少なく、己らの里から外に出る事も少ない。つまり、生まれながらの純血の鬼と遭遇する事は滅多に無いとも言える。だからこそ、遊女の二人は雨月が鬼だという事に反応したのかもしれない。
しかし、そうだとしても不思議な点はある。
「なぜあてが生まれながらの鬼と分かったんですかいな?」
「だって…ねぇ?」
「うん」
「?」
「自覚が無いかもしれんせんが、お前様…自分の姿かたちを分かっていんすか?」
「姿?」
「生まれながらの鬼は、とても美しい。それこそ傾国や魔性…」
「ええ。くぅの言う通りざんす。お前様が遊郭にいたらあっという間に花魁でも太夫でも最高位になりんすえ」
遊女二人の言葉を雨月は笑い飛ばしそうになったが、からかわれた様子は無い。ならば本当に『鬼』という生き物は美しいのかもしれない。雨月からすれば周りの美醜など見比べた事も無いため、実際の所は分からない。
そして二人の様子から察するに、純血の鬼というものを見たのはもしかすると雨月が初めてなのかもしれない。
「あてが?そんなもんでっしゃろか?」
「ええ。お前様の佇まいは嫉妬を忘れるほどですえ?しかし気を付けておくんなまし。お前様のように美しい方ですと殿方でも体を求めて来る方もおりんす」
「あてはそっちの気はありまへん」
「こっちの気なんてむこうさんには関係ありんせん…ここは夜の城…暗がりで何かが起きても、それが明るみに出る事は少ないんですえ」
「そう簡単にやられる気はありまへん。しかし、手間がかかるのはいやですわ」
百足 からの警告に、くぅはただ頷いている。雨月としても、そんな事に巻き込まれるのはごめんだ。思わず歪んだ表情は仕方ない反応だろう。
「そうでありんしょう?お前様はどうしてここにいらしたのですかえ?目的がありんしたら早く済ませた方がいいざんす」
「確かにその通りですわ…あてがここに来たのは」
「吾 に会いに来たんだろう?」
雨月の言葉に被せるように、突然遊女二人との会話に入ってきた男がいた。遊女は驚いたように声の方を見て、誰が来たか分かると一瞬で固まる。対して雨月は、二人の反応や突然現れた男を見て訝 しげに眉根を寄せた。
そこには外套 姿の男が一人佇んでいる。人好きのする笑顔を見せる男は、更に笑みを深くして挨拶をするようにひらひらと片手を外套の隙間から出して振っていた。その手は黒いが、幾何学のような赤く光る模様が胎動するように走る不思議な手である。男は雨月の反応を気にする事なく言葉を続けた。
「初めまして。ここは夜に閉ざされた街。そして吾の城…歓迎するよ、雨の鬼」
どうやらこの場所を治めているのがいきなり現れた目の前の男であり、雨月の目的の者らしかった。
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