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24.相見える地獄絵図

 さらりさらりと雨が舞っていた。僅かに湿り気を纏わせるだけの雨は止みそうにない。  雨避けとして大きな(しゃ)被衣(かつぎ)のように被った雨月はいっそ息を飲むほどに美しかった。額から生える大きな角さえ無ければ、天女が降りてきたと言われても疑う者はいないだろう。  いつしか雨が止んでも、雨月は紗を取る事無く進む。(まじな)いを染み込ませた紗は雨月が角を隠さずとも彼を徒人(ただひと)の姿に見せていた。その呪いは人の中を歩いても美しさも角も見咎められる事は無い。 人に目隠しをしてしまえば誰も鬼を気に止める事は叶わない。  どれくらい歩いただろうか。雨月の歩みが止まった。そこはひどく寂れた場所だった。以前は何かの建物があったのかもしれないが、今は雑草と苔の生えた瓦礫だけを残している。本来ならば草の香りしかしない場所のはずなのに、雨月の鼻に嗅ぎ慣れた鉄錆の匂いが届く。吊り下げた籠を見ればカタカタと揺れて方向を示す窓が一層強く光っていた。目的の者は近いらしい。  ゆっくりと雨月は進む。足を踏み出す程、強くなる匂いにそっと着物の袖を鼻に当てた。その袖を取る事はできない。いや、してはいけない。こんな愉悦に染まった顔を誰かに見せてなるものか。  やがて鉄錆の匂いの元凶に辿り着いた雨月は袖で隠しているままの口を静かに開いた。 「えらい格好になってまんなぁ?」 「……ああ、(くさび)が抜けなくて再生しづらいよ」  静かに笑った芍璃が掠れた声で雨月に返す。しかし、その肢体は瓦礫となった石壁に棒のようなもので縫い付けられている。その様は直視したらまともでいられる者はきっと少ない。  腹から下は引き裂かれ、引きずり出された臓物の一部には刃物を突き立てられて赤い泥と合わせて広く地面に広がっている。切り落とされた足や片腕は体から遠くに打ち捨てられ、残った腕も幾本かの刃物で壁に縫い付けられていた。そして刀が首の半ばで止まったまま放置されている。半分千切れた首と文字通り引き裂かれた体でも芍璃は笑っていた。  ああ、なんと小気味良いのだろう。  その様を見た雨月の袖で隠しされた口は大きな弧を描いていた。不死だからこそ終わらない地獄は、このまま暫く芍璃の体を苛むだろう。そんな地獄絵図とも言えるこの場が楽しくて、そして嬉しくて嬉しくて仕方ない。思わず出そうになる高笑いを堪えつつ、雨月は目的の言葉を紡ぐ。 「お前が坊っちゃんに教えたあの呪い。解き方を教えんさい」 「坊っちゃん……? ああ、星か。何だ、ちゃんと使えたんだ……誰に使ったの?」 「……」 「あ、もしかして君に使ったの?本当に?」 「……そないな事はどうでもええでっしゃろが。いいから教えんさい。困っとる者がいんす」  芍璃の掠れた言葉は雨月の地雷をいとも簡単に踏み抜いた。言葉は続けているが途中から雨月の表情は無となって殺気が膨れ上がる。その殺気は辺りの空気を冷やすように錯覚させるが、この場に怖ろしがる者は誰もいない。

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