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25.鉄錆を広げて

「ところでぇ……星は孕んだの?」 「はぁ?」 「あの(まじな)いはねぇ、孕ませる呪いなんだぁ」 「何を……?」  芍璃は突拍子もない事を問い、それに眉を潜める雨月を見てヒュウヒュウと喉を鳴らしながら笑う。そして今もなお雨月を苦しめる呪いについて楽しそうに話し出した。  それは過去に人間が芍璃にかけたもの。捕らえた鬼の胎を別の妖の苗床にするために用いられた本人の意思とは関係無く、無慈悲に体だけを拓くもの。術者の思い通りに動かせる孕み袋か絶える事の無い種を作る呪い。 「しかもだよぉ、あれは術者の望みが叶わないと消えないんだぁ」 「術者の望み……」 「キミの場合は星だねぇ。あの子、雨の鬼の子が欲しいって言ってたよ……可愛らしく喘ぎながら君の子を孕みたいって教えてくれたよぉ」 「……ッ、貴様!!」 「アハハ、怒らないでよ?男子(おのこ)でも星が自分で望んだんだからさぁ」 「坊っちゃんを……!あの方をそこまで歪ませたのは誰でっしゃろか?!」 「俺、だねぇ。だって無月はキミと同じで俺に欲情しなかった……だから、たまたま会ったその息子の星をかわいがったんだよ?星の胎、気持ちよかったでしょう?」 「黙れ……」 「魔羅を包んで、しごいて、種を搾り取る…あの子は俺も上出来だと思えるくらい、淫らになった」 「黙れと言うとりまっしゃろ……」 「まぁ、聞いてよ?いつからか星の望みは君の種だった…それも孕む程欲しがってる。何より……」 「……」 「星がキミを欲しがり始めたのはキミの体を見てからなんだって!あんな小さいのにちゃんと欲情しちゃったんだねぇ!!」  (はらわた)をぶちまけながらも掠れた声で笑う芍璃はいっそ悪夢のようにも見えた。千切れかけた首を跳ねてしまいたいという激情をなんとか抑え込みながら雨月は再び問う。 「……呪いを解く方法は?」 「だからぁ、術者の望みを叶えるだけ。それを叶えれば呪いは消えるよぉ?」 「……他の方法は?」 「んー……?さぁ?あるかもしれないけどさぁ、俺に(まじな)いをかけた人間はもう土に還ってるだろうし分からない」  肩を竦めた芍璃も鬼だ。その寿命は人間とは比べ物にならない。だから、解けない呪いだけが芍璃を通じて残り、星月と雨月を縛り付けたのだろう。  どうしたらいいか思案していると、芍璃が口から血を溢しながらにんまりと笑って言葉を紡いだ。 「それより、この首の刀取ってくれない?喋りづらいし邪魔なんだよねぇ」 「なぜあてがそれを取ると?」 「取ってくれたら再生も早まるからさぁ」 「それを聞いたあてが簡単に頷くと?」 「だからぁ、再生したら俺がその(まじな)いをかけなおしてあげる。同じ呪いなら俺の方が上手いから術者を上書きできる」 「上書き……」 「そう!そしたら星の呪いは消えて、俺は君の種を存分に搾り取れる。その憎々しげにこちらを見る顔、好きだよぉ。綺麗な顔が歪むのはゾクゾクする…」 「あてが、貴様に……」 「うん。キミが俺に魔羅を突き立てる。俺は快楽がだーい好きだ。でも俺に見惚れて興奮する魔羅よりも、憎くて憎くて仕方ない相手の胎に飲み込まれる魔羅を見て憎々しげに歪む顔を見るのも好き。特に君みたいな綺麗な顔を歪ませるのが好きで好きで仕方ない……考えただけで今は無い胎の奥が疼くんだよ……だか、ら……ぁ、がッ」  途中で止まった言葉の代わりに芍璃の口からは刀が生えていた。最後まで聞いていられなかった雨月が突き立てられていた刀の一本を引き抜いて芍璃の口に突き刺したのだ。その時に芍璃の厚く艶やかな舌を切り落とすのも忘れていない。  広がる膓の中に舌が落ち、新たな鉄錆が広がっても気にするものは誰もいない。 「虫酸が走る……」  吐き捨てるように言った雨月はもう用は無いと言わんばかりに踵を返した。怒りに震えたまま小さくなる背中を芍璃は小さく笑いながら見ていたが、その顔は刀を突き立てられても上気したまま悦の表情を浮かべていた事を知る者は本人しかいなかった。

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