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27.主たる片鱗

 ただ静かに見つめてくる丞庵の目は底知れない何かを感じさせる。それは恐怖かもしれないし、畏れかもしれない。  言い様の無い感情を沸き上がらせる視線は、雨月の背中に冷たい何かを駆け抜けさせる。一瞬の事だったが、雨月は平静を保ちながら問うように首を傾げると丞庵の目がへにゃりと緩んだ。それと同時に先ほどまでの空気は霧散する。 「いやー、やっぱり無月くんが言うだけあるね」 「と、言うと?」 「吾のあの目を見て取り乱さない方が珍しい!」 「……あんたはんのあの目には寒気がしましたわ」 「それだけでしょ?平静を保って、それでいて知らんぷりをするなんて凄いよ。大抵の子は泣き出したり懇願し始めたり漏らしたりするんだ。取り乱さない子はとても少ない」 「さいですか…」  何かを試されていたらしいという事だけは分かった。それが少しだけ居心地が悪い。そんな感情を隠そうと目を逸らした雨月の様子は、丞庵の口が(いびつ)な弧を描くのに十分だった。 「いいね、君……欲しくなった。綺麗で強くて、それでいて汚されていて……とてもいい」 「……何を言うてはる?」 「いや、吾って一応こういう所の主だろ?君みたいな子は欲しくなるんだ。夜の中に囲いたくなる。無月くんもそうだった……月の鬼はどれもとても魅力的だ」  熱に浮かされたように話す様子は謎の恐怖を呼び起こす。腹の底から何かの腕が這い上がってくるような錯覚に雨月はどうにか平静を装う。 「あんたはん、少し……いや、大分外れてはるな?」 「褒め言葉として受け取っておくよ。所でどうだい?吾の所に来ない?君なら一夜で傾国になる」 「お断りしますわ。あてが従うのはお館様のみ。誰ぞに売る体も芸も持ち合わせておりんせん」 「そうか。残念だ……残念だけど、それを聞くとなおさら壊したくなるね……」  耳の奥に響くように絡み付いてくる丞庵の声に雨月は内心で脂汗を滲ませた。そしてふと差し出された疑問は気付いたと同時に増殖していく。  まず、丞庵はいつ下ろされた?  いつの間に雨月の正面に腰を下ろした?  笑う彼はなぜこんなにも恐ろしい?  答えの返ってこない問いが雨月の中を駆け巡る。正面に座している丞庵は蕩けるような笑みを浮かべているが、その様子は逃げられない獲物を前に舌なめずりする獣を彷彿とさせる。 「大人しく、壊される気はあらしまへん」 「そうだね。そうだよね、そうじゃなきゃ面白くない……さて、そうすると提案だ。その呪いが解けるまでここにいない?」 「はい?」 「実は君のいない間に無月くんと呑んで話したんだ。呪いは時間を以て無にするしかない。だったら吾が君を一時的に預かる。もちろん生活費は稼いでもらうけど、君なら闘演場の華になれるだろうって事で盛り上がったよ」 「闘演……?」 「簡単に言えば闘技場みたいな施設さ。ただ、こういう場所だからこそ美しさも売る。君はそこで勝ち上がって、技を魅せて賞金を得る。それを生活費にすればいい。どう?」 「お館様がそれに納得してはるんなら構いまへんわ」 「じゃあ決定だね。早速この建物に君の部屋を用意しよう。そこに住むといい」 「お館、なれば雨月殿は仮面で顔を隠す事を勧めます。でなければ遊女に間違えられるかもしれません。それと、無関係な者は入れないよう結界を張ってください」 「八角!いきなり出てこないでよ!」  いきなり出現し、会話に参加しはじめた八角に丞庵は驚くがそれが常の事らしい。丞庵に何かを言われても 八角本人は気にしていない。何より、彼はひどく優秀だという事が分かる。話の流れを汲むと既に雨月の部屋は用意してあるらしい。その上、彼は懐から顔を半分隠すための新品の仮面も差し出してきた。それは雨月の角もしっかりと考慮してある物だった。  雨月の知らない間に話は全て決まって進んでいたらしい。

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