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28.宿り木を夜へ

「雨月殿、貴方はここに住むと言ってもお客人に変わりない。客に無体を働ける者はいやしません。ですが、例外がここに一人……この人には本当に気をつけてくださいな」 「承知。しかしながら、ここではあては未熟者ですんで皆々様には迷惑をかけると思いますが、よろしゅうに」 「うん。よろしくね雨月くん。一応従業員になるから後で契約書を書いてもらうけどそのつもりで。あと、無月は呼べば来れるだろうけど、連絡取るだけなら手紙の方がいいってさ」 「はい。ありがとうございます。では、部屋を覗いたらまたこちらに来ますわ。それまでに丞庵はんも用事を済ませてくださいな」  雨月の言葉に丞庵はきょとんとした表情となるが、すぐに花が綻んだように破顔した。 「おや、バレてた……隠したつもりだったのに」 「隠すなら胎になる者の声を出せなくなるようにしないとあきまへん。あてら鬼の耳には甘ったるく悲嘆にくれる喘ぎがよく聞こえますわ 」 「無月くんは何も言わなかったよ?」 「お館様は色々馴れてはる」 「……無月くんはさすが、か。君は今聞こえるものが不快かい?」 「好きではあらしまへん、が……あての知らない所で起こってはる事は知りやしまへんえ」 「いいね。とてもいい。じゃあまたここで待ってるよ。君がまたここに来る時までには終わらせるさ」  ひらひらと手を振る丞庵に一度だけ頭を下げた雨月は席を立ち、場所を案内するために控えていた八角に着いていこうとする。 「そういえば雨月君てさ……」 「はい?」  ふと投げられた丞庵の言葉でその足が止まった。雨月が振り返ると丞庵が何かを考えるように首を傾げて言葉を探している。 「面白い喋り方だよね」 「……ええ、父親が二人おりんしてなぁ…幼子の頃は育ての父に預けられて……それがあてみたいな不思議な話し方をしはる方だったんですわ」 「へえ、そうだったんだ……と、引き留めて悪かったね。じゃあまた後でね」 「ええ、よろしゅうに」  ただ疑問だったらしい事の答えを聞くと丞庵はすっきりした顔をして雨月に再び手を振った。  その後、改めて丞庵と契約を交わした雨月は暫くの間この夜の城に居を据える事に話が決まる。様々な事が一度に起きた気もするが、そんなのはほぼ雨月の知る所ではない。彼は再び己の主とその息子の側に静かに仕えていく事をただただ渇望する。その為ならば、手段は選ばない。例えそれが一時的とはいえ主人との主従関係を白紙にするものだとしても必要ならば仕方ない。いつか訪れる安寧を思って、宛がわれた部屋に戻った雨月は静かにそっと目を閉じたのだった。

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