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第28話*トキワ柿の着物と藤の着物*

「ひと月位たったな。お前が俺のもとから姿を消して」 「あ・・申し訳ありません」 「構わん」 「贄嫁はもうおらん」 「え?」 「俺はお前に意識を失うほどの痛みを与えた。もう贄はない。お前は自由に生きろ。この屋敷も俺も忘れて」  そういって狐はまた窓の外に視線を落とす。 『え?自由?自由って言った。このお屋敷から出られる。母さんたちのいる村に帰れるの?』心が弾もうとした瞬間。はっとトキワはあの大雨の夜を思い出す。 村からも、そして母親からも拒絶されたことを。いまさらお努めが終わったなんて誰も信じてはくれない。 そうすると村を捨てて山越えになる。ここは山も土地はやせている。 山越えもかなり危険を覚悟しないと命を落とす・・。ふっと顔を上げ狐と目が合うと、 『ねえ。どうしてあの狐はあんな表情をしているの?なにか大切なものが手から滑り落ちてゆくような・・』  唇に力を入れ、トキワは向きを変えて走り出した。 『トキワ・・俺のすみれ色。全て俺が壊した』 ずっと狐は窓の外を眺めていた。 シュッ。スルッ。シュッ・・。絹の擦れる音がする。 狐が顔を上げると柔らかなすみれ色の藤の刺繍の打掛をまとったトキワがいた。 すみれ色の瞳にそれは美しく似合っていた。 「ト・・キワ」 「お、お館様はもう俺を喰わないんですよね?だから触らないでください」 おびえながらもトキワは精一杯の声を出した。寝椅子からゆっくり起き上がった狐は 「わかった。お前には触れない・・」 「贄が終わっても、もう村の人は俺を受け入れてくれません。・・母さんも。少しの間気持ちの整理がつくまでここに置いてもらってもよろしいでしょうか・・」 狐は驚きトキワを見つめ、 「ああ、好きなだけいるがいい」  トキワは静かに近づき狐の前に膝をつき手を合わせ深く頭を下げた。 「トキワ。お前はもう贄ではない。俺に頭を下げる必要はない。頭を上げてその瞳で俺を見てはくれないだろうか?」 トキワは言われた通りゆっくりと頭を上げた。 その大きなすみれ色の瞳には狐が写っていた。 幸せそうな顔の狐が写っていた。

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