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第3話

 父が会社から帰ってくるまでの間、少しだけ読もうと思い、ベッドの上で寝転んで本を開く。  読み始めてすぐに気がついた。この作者とは息継ぎが合うということだ。だから夢中になって文章を追うことができた。  序盤から伏線と思われる出来事が次々と起こる。ここまで読んだらまた明日にしよう、と思うのに、気になってページを捲ってしまう。  制服も着替えないまま読みふけっていると、バタン、と玄関の扉が閉まる音が聞こえて、雨宮は飛び跳ねるようにして起き上がった。 (まずい、父さんだ!)  部屋の電気も点けず、ベッドサイドのライトだけを灯して読書をしていたため、外が真っ暗になっているのに気づかなかった。  大急ぎで制服を脱いで部屋着に着替えた。本をベッドのマットレスの下に突っ込み、鞄の中から教科書やら参考書を机にぶちまけて開く。ギシギシと階段を上がってくる父の足音が聞こえて、心臓が体の中で急に暴れ出して雨宮を焦らせた。 「和幸、勉強しているか?」  父の声とともに部屋の扉が開けられる。もちろんノックはない。部屋の電気は点け損ねたが、デスクライトはかろうじて間に合った。 「うん、今から数学だよ」 「そうか、いつも勉強頑張ってるな。でも部屋の電気くらいは点けなさい。デスクライトだけでは目が悪くなるからな」 「そうするよ」  動揺しているのを誤魔化すように、にっこり笑ってみせた。  雨宮は一人っ子で、父が二十一のときの子供だ。身長が高く整った顔立ちは、とても三十五歳に見えず若々しい。白髪など一本もないし、ましてや中年太りもしていない。下手をすれば二十代後半でも通ってしまうくらいの容姿だ。そんな見た目と、笑えば親しげで柔和な印象の父なので、三者面談では担任の女性教諭がうっとりするほどだった。  だが他人が知り得ない父の厳しさを、雨宮は身をもって知っている。父は雨宮の全てを管理していないと気が済まないのは、今も昔も変わらない。  父が扉の脇にあるスイッチを入れて部屋の灯りを点ける。室内が明るくなって、そのまま何事もなく出ていくのかと思いきや、父の視線がベッド脇のなにかを見つけた。 「これはなんだ?」  落ちているなにかを手にした父が、途端に厳しい眼差しに変わる。それは本の間に挟まれてあった二つ折り広告だ。読む前に抜いてベッド脇に置いたはずが、慌てたばかりに落ちてしまったらしい。 「そ、それは……っ」 「こんなもの、どこで拾ってきたんだ? なにか買ってきたのか?」  父に睨まれ、瞬く間に身が竦んだ。下を向き、このあとに起こる嵐が大きくありませんようにと願うだけだ。  父は昔から人を威圧するようなものの言い方をする。今ですら手を上げられることはなくなったが、小学生の頃はよくぶたれた。思春期に入ってからはそこまで手を上げられなくなったが、代わりに違うお仕置きをされるのだ。 「ご、ごめんなさい……」  雨宮は蚊の鳴くような声で謝った。声は震えていて、目に涙が溜まり始める。小さな子供じゃないのに泣きだすなんてみっともないが、お仕置きをされるのは雨宮にとって恐怖だった。 (もう最近はされなくなってたのに……どうしよう)  小学生のときに尻を素手で何度もぶたれて、わんわん泣いた経験があった。思い出すとあのときは雨宮が悪かったのだ。仕方がないとはいえ、尻を叩かれるのは子供ながらに辛い経験だった。 「来年は受験だろう? そろそろ自覚が必要な時期だというのに、一体なにをしているんだ? なにを買ったのか出しなさい」 「……っ!」  雨宮は息を飲んだ。初めて自分で買った本だったのに、出せば取り上げられてしまう。それだけは嫌だった。なにも言わずに黙っていると、父は雨宮の傍【そば】までやってくる。そして腕を掴むと強引に椅子から立たされた。  久しぶりにぶたれるのかと思ってぎゅっと目を閉じる。しかしそのままベッドの縁へ座らされた。 「父、さん?」 「父さんに言えないものを買ったのか?」 「……」  言えないのではなく、言いたくないのだと、それが言い出せなかった。 「じゃあ、お仕置きをしないとダメだなぁ、和幸。私が怒るのを分かってて、黙っているんだな?」  俯いていた顔を上げると、ポロリと涙が零れ落ちた。痛いのを我慢すればあの続きを読める、そう思ってしまう。 「尻を出しなさい」  思わぬ言葉に目を見張った。それは小さい頃のお仕置き方法だったが、まさか今も同じように言われると思わず戸惑う。だが有無を言わさぬ父の目と固い声に、雨宮はスウェットのウエストに手をかけるしかなかった。もたもたしながらそれを脱いだが、父はまだ無言の圧力をかけてくる。 「これ……も?」 「当たり前だろう。尻を出せと言えば、昔からそうしていたじゃないか」  言われた通りにトランクスを脱ぎ捨てて、膝頭を揃え股間を隠しながらベッドへ座った。子供でもないのに尻を叩かれるなんて……と思ったが、それで本が読めるなら我慢はできる。  思春期といえば多感な時期で二次性徴が著しい。だが雨宮の場合は違っていた。もともと体が小さいというのもあったが、雨宮のそこはまだ幼さが残っている。精通すら来ていなかったし、下生えもほとんどない。だがそれを見られることが恥ずかしいという、一人前の羞恥心は持ち合わせていた。 「脚を開きなさい」 「え?」  恥ずかしくて下を向いていた雨宮は、思わぬ言葉に父を見上げる。表情ひとつ変えず、怒りの滲んだ眼差しでこちらを凝視していた。 「手で隠さないで。早く開きなさい」 「……っ」  太腿の間に挟まれた雨宮の性器は手をどかしてもよく見えなくて、一見、女の子のようにも思える。しかし脚を開くのはさすがに憚られた。  雨宮は厚ぼったくピンク色の唇をぎゅっと噛み締め、顔から火が出る気持ちで下を向いた。しかしもたもたしているうちに父が膝を折り、目の前に座り込んでくる。顔を覗き込まれて雨宮は身じろいでしまった。 (なに? 父さん……なにするの?)  父の両手が雨宮の膝頭に乗せられ、強引に開いていく。力を入れて抵抗しても敵わず、とうとう父の前で股間を晒してしまった。  ふるんとかわいらしいペニスが揺れ、外気と父の視線に晒される。 「や……、やだ……よ」 「嫌じゃないだろう? 和幸がなにを買ってきたのか言わないから、父さんがお仕置きをすることになるんだ」 「でも……こんな、の……」  恥ずかしくて死にそうだった。なのにどうしてか体が熱い。羞恥でそうなっているのか、それとも別のなにかなのか判断に困り、そして怖くなる。  見られているという行為を直視できず、雨宮は顔を逸らす。そしてぎゅっと目を閉じた。 「暴れたら、お仕置きは長くなるぞ?」  父の吐息が太腿にかかった。ビクンと体が反応する。そして次に感じたのは、ペニスがなにか温かいものに包まれる感覚だった。 「……はっ、ふっ……!」  雨宮は思わず体を反らし、傾いた体を支えきれずにベッドへ横たえた。  自分がなにをされているのか、なにが起きているのか理解できなかった。うっすらと目を開け下腹を覗き見ると、そこには父の頭がある。それは雨宮の股間で動いているのだ。  次第に刺激を受けたペニスが硬くなるのが分かる。そうすると、部屋にはジュプジュプと卑猥な音が聞こえ始めた。 (こんなの……変だっ)  おかしいと分かっているのに、父の舌が裏筋をナメクジのように這い、亀頭の周りをきゅっと吸われると、腰が無意識にビクビク震えた。それは変な感覚で、トイレを我慢しているときのような、それでいて痺れるような感じだ。  声を必死に我慢していたが、吐息に蕩けるような快楽の破片が混ざる。 「ふっ……ぁっ、はっ、はっ……ぁっ、なん、か、出ちゃう……漏れ、ちゃ……う」 「出しなさい。出さないとお仕置きは終わらないよ」  硬直を咥えていた父が、口からそれを出して小さな声で囁いた。今なにを言ったのか、と我が耳を疑う。この状況ですら飲み込めずにいるのに、漏らせというのだ。 「やだ……父さん……、や、やっ、あっ!」  きゅうっ……と強く吸い上げられて、腰が融けるような感覚に身震いし、背筋を激しい電流が這い上がってきた。それは後頭部から脳天を突き抜けていき、何度か同じように吸い上げられると雨宮は呆気なく果ててしまった。  それが精通だとは分からず、雨宮は父の口の中に粗相をしたと勘違いして涙が止まらなかった。 「これに懲りたら、父さんに隠れて物を買うのはやめなさい。それから、欲しいものがあれば言いなさいと教えただろう? 和幸、お前は今、大人になったんだから、そんなふうに泣くのもやめなさい」 「う……ぅ、ふ、うぅっ……」  ベッドに突っ伏した雨宮は、父の言うことを聞けずに混乱で泣いていた。こんなのおかしい、なんてひどいお仕置きなんだと頭の中で思いながらも、自分が快楽に負けて父の口の中に射精したことを知る。それがとてもショックだった。  父は静かに部屋を出ていき、次の日の朝食で顔を合わせたときには、何事もなかったように笑顔でおはよう、といつもと変わらず挨拶をしてきた。  あんなお仕置きがもしかしたらこれからも続くのだろうか、そう思うと雨宮は怖くなった。もっと抗うべきだったのかもしれない、そう考えるも、黙って本を買った自分が悪いのだからと、父の行為を責める気持ちになれなかった。

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