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第4話

(俺、変なのかな)  もともと性的なことに興味の薄い雨宮だったので、父のあの行為が思いのほかキツいお仕置きになった。しかしそれは一度では終わらず、あの日から週に一度、雨宮の部屋へ来てはペニスを咥えてくるようになった。もちろんなにか悪いことをしたお仕置きなどではない。ただ管理されたのだ。  ――和幸。パジャマを脱ぎなさい。そろそろ溜まる頃だろう? 覚えたばかりでまだ若いからね。  初めはそう言われると体が硬直して動けなくなった。だが徐々に、雨宮が射精するのもそれを父が管理するのも当たり前なのかもしれないと思い始めた。そしてその中にあの快楽を見つけてからは、下着を脱ぐことに抵抗がなくなった。  自分からあからさまにそれをねだることはしなかったが、週に一回で我慢できなくなった雨宮は、お仕置きという名目で行為を欲したのだ。  部屋へ入ってきた父の目に留まる場所へ、こっそり買った本を欲望のサインのように置いておく。初めのうちはすぐに咎められた。しかし雨宮が自分から置いていると察した父は、そのうちなにも言わなくなった。しかし必ず夜にはお仕置きをされたのだ。 「和幸……夕方、お前の部屋でこれを見つけた。また隠れて本を買ったんだね?」  父の手の中には那花壮一郎のミステリー小説があった。そして本を捨てるか仕置きを受けるか、その場で選択させられる。 「ごめんなさい……。我慢できなくて、勝手に買いました。お仕置きは、受けます」  そう言って自ら下着を脱ぎ捨てる。心拍数が静かに上がっていき、下半身に熱が集まり始めた。父の粘つく視線に晒されただけで興奮していくのがたまらなくて、同時に自分の中にある性衝動の奥深さに恐ろしくなる。  雨宮のそこはあの頃と違って大人の男に成長しつつあった。けれど父は変わらずに雨宮のペニスを口に咥え、射精するまで口淫したのだ。しかし一線を越えて雨宮を母の代わりにすることはなかった。亭主関白な部分はあったが母とは仲がよく、喧嘩をしているところも目にしなかった。だからそれが本当に雨宮に対しての仕置きであることと、父の愛情表現なのだと察した。  那花壮一郎の本は目に見えて増え、クローゼットはいっぱいになっていった。本屋で彼の名前を見かけるだけで、条件反射的に下半身が疼くほどだ。  学校の授業を受けているとき、ふとした瞬間に脳裏を過ぎる。精液を飲み干したときの興奮と悦に浸る父の目を。そして射精の強烈な快楽を思い出して背筋がゾクッとする。嫌悪ではないその肌のざわめきに、雨宮は困惑さえ覚えた。  父と回数を重ねるごとに、初めの頃にあった嫌悪は消え失せ、快楽に従順になっていく体に戸惑った。だがその戸惑いがなくなってからは疼きを抑えきれずに、触れて欲しいと切望した。  性欲の薄かった雨宮が、いまや自室で自慰行為を繰り返すようになっている。年齢的には普通なのだろうが、その異様な欲求の高まりに自分でも制御不能だった。  母が町内会の集まりに出ていき、父が残業で遅くなった日。雨宮は自分の部屋のベッドで横になり、ぼんやり天井を眺めていた。そして目を閉じ、自分の性器が温かくてぬめる口腔に包まれる瞬間を想像する。熱は瞬く間に下半身へと集まり、少し尻に力を入れると、硬くなり始めたペニスが反応した。それは元気にジーンズを押し上げ始めている。  吐息を漏らしてジーンズの前を寛げる。トランクスの布越しにペニスを掴むと、ヒンヤリとした感触が手の平に当たった。想像だけで先走って濡れているのだ。 「……は、ぁっ」  我慢できずに下着の中に手を入れた。硬く熱い雄が主張している。下着をこれ以上汚したくなくてジーンズと一緒に一気に引き下げ、下半身を露出させた。 「ぁ……、ふっ、んっ、あっ」  手の中に包んでゆっくりと扱く。じんわりとした刺激に腰がぞくぞくする。 (違う……こんなんじゃなかった。父さんの口の中、もっと……もっと熱くて……)  想像だけで射精感が高まる。手の動きが勝手に速くなって、先走りだけで竿全体が滑らかになり抵抗がなくなっていく。くちゅくちゅと淫靡な音が聞こえ始めて、雨宮の息も上がる。  オナニーのおかずが、まさか父のフェラチオだなんて自分でも信じられないが、これが一番興奮した。初めてされたあの記憶が強烈すぎて、どうしても消せない。  快感に任せてがむしゃらに手を動かす。体全体に力が入り、足の指先がピンと張る。腹筋がぴくぴく震え始めると、双珠の収縮を感じ快楽が膨らんだ。 「も、もう……、あぁ……、あっ、で、る……。父さん……出る、あぁっ!」  父を呼びながら果ててしまった。陶酔するような心地よさに目を閉じると、緊張していた体を徐々に弛緩させる。熱い息を吐きながら、ゆっくりと目を開いて天井を見つめた。  快楽が遠のいていくと、襲ってくるのは背徳感と切ない物足りなさだ。だから一度だけで終われず繰り返した。そのうちに後ろめたさが薄れ、あまつさえ、今すぐあの温かな口の中で果てたいと願ってしまう。  父と自分の関係が普通でないのは理解していた。だが体は父を求め、父にされたいと思った時点で、雨宮のなにかが壊れていたのだろうと思う。互いに依存し、快楽を共有していたのかもしれない。  高校に入っても大学生になってもそれは変わらず、父だけが精を受け止めてくれた。そのせいか彼女の一人も作れず、異性と交際する気にならなかった。  自分が父と爛れた関係でいること、咥内射精や自慰行為でしか快感を得られないこと。それらを知られるのは恐怖だった。しかし雨宮が二十一歳になったとき、父が交通事故で呆気なく目の前から消えてしまった。 「父さん……」  遺影の中でやさしく微笑んでいる姿はなんだか異様だった。厳しく叱りつける姿と淫靡な光に満ちた瞳しか記憶になかったからだ。  そして父が亡くなったと同時に気づいたことがあった。初めて父に与えられたあの快楽の記憶と、狂ったように湧き上がる欲求が消え失せていたのだ。それは不思議な感覚だった。まるで今まで夢の中にいたような、突如として魔法が解けたような感じだ。  これで普通に戻れる、雨宮はそう思った。  しかしなぜか、異様な喪失感が雨宮の胸の中を支配していて、それを埋めるかのように異性との交わりを深めていくのだった。

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