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第1話③

城崎さんの演奏は店内に響き渡り、曲が終わった時には客だけでなくスタッフまでもが虜になっていた。 「す、すごい…」 「ははっ、びっくりした?」 サプライズ成功、と嬉しそうにするカズさんにはい、と素直に肯定する。 イケメンなだけじゃなくて、ピアノも上手いとかどんだけハイスペックなんだ。 「彼方は、横澤音楽大学の特待生なんだ。」 「あ,そうなんだ……って,ぇえええっ!??桜澤音大のっ!?しかも特待生っ!?」 「うん,上手だろ~?」 「そ,そりゃぁ,もう…とっても…はい。」 桜澤音楽大学。音楽の知識が全くといってない俺でも知っている。音大の中でも特に難関校っていう噂だ。…す,すごい。この世に本当に天才って存在するんだなぁ…。 「ずっとニューヨークに住んでたんだけど、大学の進学を機に日本に戻ってきたんだ」 「へぇ」 帰国子女か。 聞くたびにスペックが上がっていくな。 俺なんてたまに海外の人に道を聞かれたりすると、もう壊れたおもちゃみたいになって英単語と日本語の混じった訳の分からない言語になってるぞ。 「…カっさん。レモンティー。」 「…ぅほっ!??」 そんなことをぐだぐだと考えていたら,いつの間にか城崎さんがカウンター席に戻ってきていた。 カウンター席に座る姿は、普通にしているだけなのに何かのドラマですか?と言いたくなるぐらい様になっている。 くそぅ。イケメンいいなぁ。 なんか俺…虚しくなってきたよ。 「……何?」 無意識に凝視してしまっていたらしく、城崎さんが怪訝そうな表情で俺をみている。 「わっっ!す,すみません…。」 …恥ずかしい。 今日会ったばかりの人を無言で凝視するなんて確実に 俺 変なやつじゃないか。 「ちなみに,彼方は美弥子ちゃんの教え子だよ。」 「えっ!??美弥子って…」 「そうそう、あの美弥子ちゃん。」 う,嘘だろ。 美弥子とは俺の7つ上の姉で,一応プロのピアニストだ。 学生の頃は日本でピアノの勉強をしていたのだが,海外でもっと音楽を学びたいとかで卒業と同時にニューヨークへ行き、今もほとんどの期間はあっちで過ごしている。 確かに姉は,音楽に対する熱意はすごいし,ピアノもまぁまぁ上手かったと思う。 …だけど…まさか 特待生になってしまう様な天才を教えていただなんて…… 姉…恐るべし。 「……」 「……?な、なんでしょう??」 隣から視線を感じるなと思っていたら、城崎さんがじっとこちらを見ていた。 さっきまでの爽やかスマイルは消えている。 しかも何か睨まれているような…? 「…カっさん。この子、あの人の知り合いなの?」 「前に話しただろ?淳は、美弥子ちゃんの弟だよ。」 「…ふーん。あの人の…」 美形に自分の顔をまるで品定めをするかのように見つめられ、男同士であるのに何故か鼓動が速くなってくる。 「…あ、あの…?」 「確かに、ちょっと抜けてそうなところは似ているかもね。」 ニコッ。 さっきまでの睨みつけるような表情はどこへやら、また爽やかスマイルに戻り視線を逸らされる。 「え?」 なんか…微妙にディすられたような…? 「こらこら。彼方は相変わらずだなぁ。」 微妙な空気になったところにカズさんが穏やかな笑顔を浮かべながら間に入る。 とりあえず気のせいであったことにしておこう。 「カズさんと城崎さんはどういう関係なの?」 「ああ,うん。 俺の甥なんだよ。…話してなかったっけ?」 はい。一度も聞いたことがありません。 何といいますか,本当に…カズさんはミステリアスな男だ。 平然とした顔で時々爆弾を放ってくるから驚きだ。 「姉ちゃんの教え子で…カズさんの甥…。」 近いようで遠いような…いや,直接関係していない時点で遠いのか?う~ん…今日は何とも新事実が次々と発覚する日だな。 「あの!ピアノすごいですね。びっくりしました。」 微妙な空気を打破するべく、さっきまで魅了されていたピアノの話題へと転換する。 「ありがとう。まだまだだけどね。」 少し緊張しながら話しかけたが、追加注文していたショートケーキを頬張りながら笑顔で答えてくれた。 完璧だ。 完璧なんだけど…なんかちょっとテンプレな感じもする。 俺、まだ僻んでるんだろうか。 「淳も含めピアノの演奏はお客さんからの強い要望があったからね。彼方がこっちに帰ってくるって知ってお願いしたんだ。これからは、週3でこの店に来て演奏してもらうんだよ。」 そう言ってカズさんはカウンター横の看板を指差す。黒板のような素材でできたそれには、チョークでピアノ演奏の予定が書き込まれていた。 こんなに早く夢が叶うなんて。 今日はなんていい日なんだ。 「姉ちゃんも知ってるの?」 「美弥子ちゃんは知らないと思うなぁ。彼方、知らせたか?」 「知らせる訳ないでしょ。」 城崎さんは、いささか興味がなさそうにレモンティーを啜る。 ちょっと不機嫌なような? 「姉ちゃん知ったら喜びそうだなぁ。」 久々に連絡でもしてみようかな、とスマートフォンを鞄から取り出していると、 「や め ろ」 急に地の底から湧き上がるような低い声が聞こえてきた。 ん?誰だ?どこから?とキョロキョロしていると、禍々しいオーラを纏った城崎さんと目が合った。 「ひっ」 「…連絡は、しないでおいてくれるかな?」 ニコニコと笑ってはいるものの、声音は低く後ろから黒いオーラが見える。 いや、表情と言動が合致してないですよ…? 「…ハイ。シマセン。スミマセン。」 「ごめんね。ありがと~。」 スマホをしまうと、何事もなかったように城崎さんはぱっと表情を明るくし、カズさんと明日からの予定について話し合い始めた。 思ったより爽やかイケメンではない、のか? 姉ちゃん、何かした? それとも俺、嫌われてる? 合って早々に?やばくないか? 黒い何かが見えたぞ。

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