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第1話④

「……。」 「……。」 なんでこんなことになってるんだ。 振り返ること数分前。 念願のピアノ演奏を聴き、カフェラテも飲み終え一息ついたところでそろそろ帰るね、とカズさんに挨拶し店を出ようとすると、 「彼方も今日はもう片付けするだけだから帰りな。お前ら途中まで道一緒だろ。危ないし一緒に帰れ。」 「は?」 「え、えーっとー…」 カズさんは城崎さんの心配もしているため大丈夫ですとはいえず、ほら彼方も支度しろ、と催促するのを見届けることしかできなかった。 城崎さんからは、あからさまに嫌な顔をされてしまった。 は?って聞こえたし。は?って。 そして、今に至ります。 「あー…えー…」 元々積極的に話す方ではない。 おまけに相手は年上の先輩ときた。 何を話せば良いか分からず口ごもってしまう。 「……」 城崎さんは、そんな俺を気にもとめず涼しい顔で歩いている。 爽やか笑顔はどこへ行った。 くそっ、話題話題! まぁ、城崎さんは俺と話す気なんてないだろうけど! ちょっとこの沈黙は気まずい。 「今日のっ!今日弾いてた曲ってなんていう曲なんですか?」 必死で話題を考え、頭の中にやっと浮かんできた問いを城崎さんに投げかける。 「…めぐり逢い。」 変わらず前を向いたままだが返事が返ってきたことに満足する。 よし。このまま… 「めぐり逢いっていうんですか。あの曲、実は昔姉ちゃんもよく弾いてて…あっ」 「…。」 待て待て、姉ちゃんって地雷だったっけ…? 気づいた時には既に遅し、地雷ワード?を口に出してしまっていた。 まずい、とギギギっと音でもなりそうなくらい、恐る恐る城崎さんの方を伺うと案の定また黒いオーラがでていた。 「あっ!いや!あの曲俺大好きで!カズさんの店であの曲をピアノで演奏したら、すごい綺麗だろうなって前々から思っていてっ、だから嬉しかったというか!こんなど素人の俺からいわれても嫌ですよねっ、すみません!でも本当に城崎さんの演奏は話しかけられているような…喜怒哀楽を感じて生きてるみたいでっ…そう…まるで…ピアノが城崎さんみたいでした!!」 ……語彙力!! なんだよ、ピアノみたいって。 慌ててまくし立てたせいで、意味の分からないことを口走ってしまった。 ゆっくり話したところで、きれいにまとめれたかどうかも分からないけれど。 城崎さんは、俺の意味の分からない言葉に目を丸くし固まってしまった。 どうしよう、この話題はだめだっ。 早く他の話題を… 「すすすすみません!えっと…」 「ぷっ。」 ぷっ? 「あはははははっ!」 俺が半ばパニックになっていると、城崎さんが我慢の尾が切れたかのように笑い出した。 「え?え?」 てっきり何言ってるの、バカにしているのと怒られるかと思っていたので拍子抜けしてしまった。 「…城崎さん?」 城崎さんは、完全に会話の方向性を見失った俺を放置して目に涙を浮かべながら笑っている。 当たり?はずれ?どちらかは分からないが、店でみたような張り付いた笑顔ではなく、良いのか悪いのか今日初めてちゃんと笑っているように見えた。 声を出して笑う城崎さんは、少し幼く見え、可愛いとさえ思えてくる。 いやいや男のくせに、何言ってるんだ。 「あんたって面白いね。」 「はぁ…。」 目に溜まった涙を拭いながら、ようやく城崎さんから話かけられる。 なんかバカにされてるようにも聞こえるが。 まぁいいや、睨まれなくなったし。 「また聴きに行ってもいいですか?」 ひとしきり笑われた後で聞くのはどうかと思ったが、こんなバカな感想をいうなら来るなといわれてはいけないと思い、確認をとる。 「好きにしなよ。カっさんの店なんだし。」 ぶっきらぼうな言い回しだったが、一応承諾が得られ一安心する。 会話という会話をしたわけではないが、あの大爆笑の後から心なしか雰囲気が柔らかくなったような気がする。 その後も大した会話はせず、城崎さんも俺の話に対して相槌を打つか2,3言返す程度だったが、最初の頃より緊張はしなかった。 そうこうしている内に分かれ道となり、じゃ、とお互い簡潔に挨拶をし別れる。 「晩飯なにかなぁ」 いつものように今日の夕飯について頭の中でカレーかな、オムライスでもいいなと考えを巡らせながら帰路を辿る。 今日は色々と新しいことがあったな。 カズさんの親戚事情だったり姉ちゃん、ピアノのこと。 それから、城崎さん。 人間の感情のように多彩で、だけど優しく綺麗な音色を奏でる人。 それはどこか寂し気で儚い。 超絶イケメンで姉ちゃんの教え子で。 爽やか…腹黒…? まだよく分からないけれど。 特別話が合う相手というわけでもなくむしろつまっていたが、不思議ともっと城崎さんについて知りたいという気持ちがあった。 「また演奏聞けるの楽しみだな」 次はどんな曲が聴けるだろうか、いつ行こうか、と期待を膨らませ玄関のドアを開いた。 こうして城崎さんと俺は出会った。 それは切なくもゆっくりと流れる時間の始まり。

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