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第2話④
規則正しい時計の秒針音。
大好きなバンドのポスター。
風に揺られる青いカーテン。
何ら変わりない、いつも通りの自分の部屋だ。
しかし、今日は隣に城崎さん。
それだけなのに、自分の部屋がいつもよりお洒落に見える気がする。
イケメンの来客に、母親はすっかり乙女モード全開だ。
頼りない息子ですが、と結婚するわけでもないのに改まって挨拶をし始める始末。父親以外の男性に対し、目の中がハートになっている母親の姿をみるのは少しばかり複雑だ。
「...じゃぁ、次ここの問題。」
「あっ!はっ、はい!」
今は城崎大先生による数学の勉強中でございます。
城崎さんは、予想通り頭が良く、おまけに教え方まで上手かった。
言葉数が少ないにも関わらず、問題に対する解説が的確ってどういうことですか。
説明に無駄がない。無駄がないよ。
「…できた?」
「できました!」
俺が指示されていた問題を解き終えたのを見計らい、城崎さんが答えあわせをするからと眼鏡をかけ、赤ペンを取り出す。
眼鏡をかけている城崎さんなんて、きっと女子が喜ぶにちがいない。
ベタベタな少女漫画だったら、絶対に第1話で主人公は城崎さんに惚れている。
「…ちょっとこれ、さっきこの公式を使えっていったでしょ。なんで間違えてんの。バカなの?もう一回人生やり直してきたら?」
「…うっ!すみません…」
だが、ものすごくスパルタだ。
間違えたらその倍くらいの罵声で返ってくる。
女子にそれしたら泣くよ?
「そしたらあと3問ね。」
「はいっ!」
そうこうしながらも要領の良い城崎さんの指導のお陰で勉強ははかどり、気がつけば2時間が経過していた。
「はい、一回休憩。」
「…ふぅ~。」
解いていた問題が一段落し、気が抜けたように椅子へもたれかかり大きく伸びをする。
「ここまで解くのにどれだけ時間かかってんの。」
「まぁ、あの点数なんで…ははは…」
苦笑いをする俺を見て、城崎さんは呆れた顔をしている。
「でもちゃんと弱音吐かずに集中してたしね、まだまだだけど。ご褒美あげるよ。」
「えっ!ご褒美ですか?」
まさかご褒美なんてものがもらえるとは思わず、ベッドから身体を起こし何だろう、と胸を弾ませながらそれを待つ。
城崎さんは、鞄から包みを取り出し俺に「はい、どうぞ」と手渡す。
「こっこれはっっ!!MILKEYのバナナシフォンケーキ490円!!」
「…あんたちょっと気持ち悪いね。」
値段まで把握している俺に城崎さんは大分引いている。
「カっさんからの差し入れ。俺とあんたで食べろってくれた。」
「カズさん…」
なんて優しいんだ…
カズさんの優しさにじーんとなっていると、下の階から母親の声がする。ちょうど紅茶が入ったから下に取りにこい、とのことだった。
「はーいっ!いま行く!…城崎さん、ちょっと下へ行ってきますね。ついでにフォークも取ってきます。」
母親へ返事をしてから、城崎さんに断りをいれ下へ降りていく。
カズさんのシフォンケーキ美味しいんだよなぁ。
紅茶も一緒に飲んだら最高だ。
シフォンケーキを想像し、うへへ、と浮かれながらレモンティーの入ったティーカップとフォークののったお盆を運ぶ。
「城崎さん、お待たせしましたーって、あれ?」
ドアを開け机にいるはずの人物に声をかけたがおらず、辺りを見渡すとドアの後ろのちょうど死角になっているところに城崎さんが立っていた。
一旦お盆を机に置き、近付いていく。
「城崎さん?どうしたんですか?」
「……。」
声をかけるも無言で一点を見つめているので、俺もそれを追ってみる。
そこには、壁にかかったフォトフレームがあった。
そのフォトフレームは写真が複数枚入れられるようになっており、俺は幼稚園の時の写真や修学旅行、家族との写真等を入れている。
何でそんなものを、と思ったがある写真をみてふと思い当たった。
城崎さんは、俺が家族と撮った写真をじっと見ていた。
そこにはもちろん、姉ちゃんも写っている。
姉については出会った日から気になっていたが、ものすごいオーラを放ってくるため詳しく聞けていない。
姉は確かにちょっとズレているところもあるが、人を侮辱したり差別をしたりすることは決してない。
どちらかというと人に好かれるほうだ。
そんな姉ちゃんが嫌われている?のか分からないが、2人の関係性は良好なのかどうか弟として気になる部分があった。
俺に気づいているのかいないのか、まだ城崎さんはその写真を見つめている。
その目は少し細められ、切な気にも見える。
今なら聞けるかも、と勇気を振り絞って声をかける。
「城崎さん、姉ちゃんとはいつ知り合ったんですか?」
「……。」
俺の声かけに対して、またも反応はなかった。
やっぱり聞いちゃまずかったかな、と大人しく机へ戻ろうとすると、
「初めて会ったのは俺が14歳の時。ニューヨークに住んでいた頃、俺の家に家庭教師のアルバイトとしてあの人が来た。」
城崎さんが重い口を開くようにぽつぽつと話し始める。
俺は話を遮らないように黙って話を聞く。
「家庭教師といっても遊び相手みたいなもんだったけどね。親の仕事が忙しくて家で1人で過ごすことが多かった俺は、あの人が来てから色々な場所に連れて行ってもらったりピアノを教えてもらったりした。」
俺もよく一緒に遊んでもらってたなぁ、と昔の光景が浮かび懐かしくなる。
「何に関しても無関心だった俺に夢中になれることを教えてくれたのは、あの人だ。」
「……。」
城崎さんは、姉ちゃんのことをとても尊敬しているみたいだった。
そのことに安堵しつつ、だったらどうして、と疑問はさらに深まるばかりだ。
さらに掘り下げて聞いてみようかと悩んでいると、ずっと写真を見ていた城崎さんが急にこちらを向いたため横にいる俺と目があった。
「あんたもやっぱり兄弟だね。目が似てる。」
「…っ…」
城崎さんの瞳の中に俺が映る。
いつもの睨みつけたりバカにしたりする時のような瞳ではなく、見たことのない優しい眼差しで見つめられ、不覚にもドキドキとしてしまう。
居た堪れなくなり、一歩後退ると下に置いていた鞄に引っかかりバランスを崩した。
「ぅわっ!?」
しまった…転ぶ、と思っているとぐい、と腕を引かれる。
「……。」
「~っ。」
転ばずに済んだが、離そうと思っていた距離がかえって縮まり至近距離で見つめ合う形になってしまった。
ドクンドクン
心臓の音がやけに鮮明に聞こえてくる。
何で俺は、こんなに緊張してるんだ。
男だぞ?
顔を触らなくても熱いのが分かった。
城崎さんの瞳に吸い込まれるように目が離せない。
優しい瞳をしているのに悲しそうに見えるのはなんでなんだろう。
ドクンドクン
うるさい。
止まれ止まれ。
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