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第4話⑤
…ここだ。
夜だったが、道を間違えることもなくすんなりと行けた。
7階建てのマンション。
城崎さんは、日本に来てからマンションでひとり暮らしをしているらしい。
念のためカズさんが書いてくれた住所を確認する。
間違いない。
よし、と少し意気込んでロビー内へと足を進める。
ロビーの中は、ここはちょっとしたホテルですかといいたくなるくらい高級感があった。
綺麗に手入れされた床。
お洒落な内装。
オートロックのインターフォン。
え、城崎さんって大学生だよね?
どこの金持ちだよ!
なんとなく予想はしてたけど!
心の中でツッコミを入れながら、城崎さんの部屋番号を押す。
チャイム音が鳴ってしばらくして「…はい。」と城崎さんの声がした。
「あっ、山本淳です。城崎さん、携帯を忘れていたので届けに来ました。」
「…あー…ありがと…。」
ガチャッと解錠される音がして前方のドアが開いた。城崎さんの部屋は5階なので、そのままエレベーターに乗る。
部屋の前に着いて、もう一度インターフォンを押す。
が、なかなか城崎さんはでてこない。
俺、押した…よな?
中で鳴ってる音も聞こえたし大丈夫なはず。
「城崎さん?」
名前を呼んでみるが反応はない。
もう一度押してみるかとボタンに手を伸ばした時、中からドタドタと音がして城崎さんがでてきた。
「あ、夜にすみません!携帯、カズさんがないと困るだろうからって。仕事中だったので、俺が代わりに。」
「…。」
「…?」
城崎さんに再度用件を伝えて携帯を渡そうとするが、様子がいつもと違う。
頬が赤く、息が少し荒い。
「城崎さん?大丈夫で、うわっ!」
体調が悪いのかと心配になり近づくと、城崎さんの身体がぐらっと傾いた。
慌てて咄嗟に受け止めると、城崎さんからお酒の匂いがした。
「城崎さん、お酒飲んでるんですか?」
「…ちょっとだけ…」
ちょっとだけでこんなにふらふらになる?
酔ってたからでてくるのに時間がかかったのか。
「とりあえず、中入りましょう。」
城崎さんを支え、お邪魔しますと言いながら部屋の中へと入る。
ロビーの雰囲気で何となく分かってたけど、広い。
マンションにしては長い廊下を進んで、城崎さんをリビングまで運ぶ。
無駄な物は置かれておらず、綺麗に整頓されているが、テーブルの上だけお酒の空き缶が散らばっていた。
結構な量飲んだんだな…
城崎さん、前にお酒はあんまり飲めないっていってたのに。
テーブルの近くにあるソファに城崎さんを横たわらせる。
飲み過ぎて気分が悪いのか、顔に腕を乗せうーんと唸っている。
「城崎さん、何か飲みますか?」
「…水。…冷蔵庫にある…。」
冷蔵庫を開けると、水の入ったペットボトルがあった。食器棚にあったコップを取り出し、水を入れて城崎さんに渡す。
「すみません。コップ、勝手に出しました。」
「…ん。」
城崎さんは起き上がってコップを受け取ると、ぐいっと水を飲み干し、ふぅと一息ついた。
「携帯、置いておきますね。」
「…ん。」
さっき渡せなかった携帯をテーブルの隅に置く。
何か話したほうがいいだろうか、と考えるがなんと声を掛けたら良いのか分からない。
多分、姉ちゃんが関係しているんだろうけど…
下手に俺がしゃしゃりでても余計なお世話かもしれないし。
ずっと心配だったくせにいざ直面するとこうだ。
「…」
「…」
沈黙の時間が流れる。
城崎さんはソファに座っているが、その顔は俯いている。
これは、帰ったほうがいいか…?
城崎さんのことが心配だけど、1人にしてほしい時もあるだろう。
元々携帯を届けるだけだったし…
「…城崎さん、俺帰りますね。ゆっくり休んで下さい。」
どうするべきか迷いつつ、そう声を掛けて立ち上がる。
床に置いていた鞄を肩に掛け帰ろうとしたが、やっぱり城崎さんのことが気になって一言付け加える。
「俺、呼んでくれたらいつでも行きますから。」
「…」
ちょっとお節介だったかな。
でも本当のことだ。
俯いたままの城崎さんに、お邪魔しましたとお辞儀をする。
「それじゃ…」
後ろ髪を引かれつつも背中を向けて出て行こうとすると、ぐいっと腕を引っ張られた。
「…城崎さん?」
「…もうちょっと、一緒にいてくれない…?」
寂しそうな声。
殻にこもっていた城崎さんの本音がこぼれでたような気がした。
「…分かりました。」
そんな言葉を聞いたら放っておけない。
城崎さんに促されるまま隣に座ると、頭を俺の肩に乗せ寄りかかってきた。
「…!!」
お酒の匂いに混じって、城崎さんの匂いがする。腕も掴まれたままだ。
城崎さんの元気がないのに、密着している状況にドキドキとしてしまう。
やめろ、俺…
変なこと考えるな…
速まる鼓動を落ち着かせるように、深く息を吐く。
「美弥子、結婚するんだね。」
城崎さんの口から姉ちゃんの話がでてきて、それまで頭の中で行き交っていた余計な考えが一気に吹き飛んだ。
「…そう、みたいですね。」
簡単に返事をするだけで、他に言葉が思い浮かばずまた沈黙する。
静かな室内で、城崎さんの息遣いだけが聞こえてくる。
テーブルに置かれたコップに俺と城崎さんのシルエットがうつっているのをじっと見つめる。
やがて城崎さんがまた話し出した。
「いつも美弥子の背中を追ってた。それがいつからなのか、きっかけは何だったのか覚えてないけど…。美弥子がすることを真似するみたいに俺も同じことをしてた。…なんかストーカーみたいだよね。」
「…」
俺は黙って話を聞く。
前に城崎さんがピアノを弾く時に姉ちゃんと同じ仕草をしていたことを思い出す。
「教師と教え子の関係から抜け出したかった。同じことをしたら、少し近づけるような気がして。…バカでしょ。」
城崎さんが俺の肩で自嘲気味に笑う。
俺は、掴まれていない方の手をぎゅっと握りしめた。
「でも美弥子にとって俺はいつまでもガキで。それが悔しくて、もどかしかった。」
肩に城崎さんの頭が乗っているので、顔が見えない。
花火の時みたいだ。
でも今日は、顔が見えなくても言葉ごしに城崎さんの感情がひしひしと伝わってくる。
「ずっとこの気持ちは憧れなんだと思ってた。…けど、美弥子が恋人と歩いているのをみて違うって思った。」
城崎さんが不意に顔を上げて、俺と目を合わせた。
「…俺は、美弥子のことが好きなんだ…って。」
「…っ」
笑っているのに泣きそうな顔。
俺の腕を掴んでいる手に力がこもった。
絶対に涙を流さないって決めているみたいに。
俺はその痛々しい表情を見ていられず、城崎さんを横から引き寄せる。
「…淳?」
城崎さんの気持ちは、姉ちゃんと再会した時から分かっていた。
好きな人が自分のことをみてもらえないって、どんなに辛いだろう。
別の人と結婚してしまうだなんて、どんなに悲しいだろう。
俺は城崎さんの気持ちを全て理解することはできないけれど、共感できることもある。
それは、好きな人が別の人を見ていること。
城崎さんの気持ちを直接聞いて、嫌でも分かってしまった。
本当はずっと前から気が付いていたけど、気づかない振りしていた気持ち。
城崎さんが姉ちゃんのことを好きなように、
俺も
城崎さんを好きだということ。
恋愛小説とか恋愛ドラマであるような綺麗な感情じゃない。
城崎さんの苦しんでいる姿を見たくないという気持ちと、姉ちゃんのことが羨ましいという気持ちがごちゃ混ぜになって。
コントロールできない。
でもこれが人を好きになるということなんだろう。
男同士だという事実が気にならなくなるくらいに。
この背中を離したくないと思うこと。
「俺、ここにいますから。何の役にも立たないかもしれないけど。…でも、城崎さんが望むならここにいるので。話してください、何でも。気の済むまで…」
「…うん。」
俺は城崎さんの存在を確かめるように、強く抱きしめる。
城崎さんは、小さく返事をして体を預けてきた。
あれから城崎さんが話をすることはなく、気が付いたら眠っていた。
城崎さんを起こさないよう再びソファに横たわらせる。
俺は床に座り、気が抜けたように眠る城崎さんの顔を眺める。
乱れてしまった前髪を整えて、頬にできた一筋の涙の跡にそっと触れた。
おやすみなさい
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