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第4話⑥

太陽の光。 天気を伝えるキャスターの声。 鼻腔をくすぐる玉子の甘い香り。 チンというトースターの音。 「…う…ん…」 …朝? …あれ? ここどこだ? 見慣れない天井。 俺の部屋じゃない。 昨日、何してたんだっけ…? 祐介と会って、 城崎さんに携帯を届けに行って、 …… 「…あっ!!」 昨日の記憶が蘇ってきて、寝ぼけていた頭が一気に覚める。 がばっと勢いよく起き上がる。 ソファの上だ。 昨日は確か城崎さんをソファに寝かせて、俺はソファにもたれかかって…床に座っていたはずだ。 いつの間にか寝てしまってたのか。 じゃぁ、城崎さんが俺をソファに? 俺の身体には丁寧にタオルケットがかかっている。 俺、気がつかないとか爆睡しすぎだろ。 城崎さんは? きょろきょろと辺りを見渡す。 昨日散らばっていた空き缶はきれいに片付けられている。 後ろを振り返ると、キッチンで城崎さんが料理をしていた。 城崎さんの家はカウンターキッチンになっているので、リビングから見えるようになっている。 「起きた?」 ちょうど俺と目が合って城崎さんが声を掛けてくる。 「おはようございます!すみません、寝てしまったみたいで…」 「別にいいよ。」 城崎さんは話しながらテキパキと料理をテーブルに運ぶ。俺の分まで用意してくれているみたいだ。 手伝います、と言って俺もキッチンへ行く。 目玉焼きとベーコンののったトーストに、オニオンスープ、サラダ。 うちの朝ごはんと比べたら、かなり豪華だ。 美味しそうな食事にお腹が鳴る。 「城崎さん、料理上手いんですね。」 「料理というほどのものじゃないけど。まあ、1人暮らしだからね。」 城崎さんはいつでもお嫁にいけそうだ。 嫁じゃないけど。 本当に嫁にいく姉ちゃんが負けそう。 いただきます、と手を合わせてスープを口に含む。 うん。うまい。 「昨日は、大分飲んでたみたいですけど体調大丈夫ですか?」 俺は飲んだことないから分からないけど、飲み過ぎたら次の日にもひびくって聞く。 口を大きく開けてトーストにかぶりつく。 「まだちょっと胸焼けするけど、大分お酒は抜けたと思う。食欲もあるし。」 「よかったです。」 顔色の良さそうな城崎さんに安心する。 昨日より表情も明るく見える。 昨日の今日で完全に吹っ切れたりはしないだろうけど。 他愛もない話をしながら食事をする。 この家はリビングの他に寝室とピアノ用の防音室があるらしい。 家賃は恐ろしくて聞けなかった。 城崎さんと一緒に食器の片付けをする。 長居してしまった。 そろそろ帰らないとな。 洗い終わった皿を水切りラックに置いて、鞄を取りにいく。 携帯を見て、昨日母さんに連絡しないまま寝てしまったことを思い出す。 案の定、画面には大量の着信とメールの表示。 まずい… 冷や汗が額に流れる。 急いで連絡しようとすると、ちょうど電話がかかってきた。 …母さんだ。 恐る恐る通話ボタンを押し受話口を耳に当てると、母さんの怒声が耳にきーんと響く。 こわいこわい! こわいよ、母さんっ。 しばらく説教をくらった後、ごめんなさい今すぐ帰りますと言って切る。 「城崎さん、長い時間お邪魔してしまってすみませんでした。俺帰ります。」 一刻も早く帰らないと。 どちらにせよ雷は落ちるんだけどさ。 立ち上がって挨拶すると、城崎さんが玄関まで見送ってくれる。 今日明日はバイトが休みなので次に会うのは明後日だ。 半日以上一緒にいたせいか何だか名残惜しい。 「それじゃ、またお店で。」 内心寂しくなりながら、そう言ってドアを開けようとすると、城崎さんの手が伸びてきて身体が後ろに引っ張られた。 「ぅわっ…!?」 急なことで身体が追いつかず後ろによろける。 俺の首に城崎さんの腕が回って身体が密着する。 …抱きつかれてる? これはどういう状況…? 今日は…酔ってないよな? 「し、城崎さん…?」 心臓の音がすごい。 こんなにくっついていると気付かれそうだ。 城崎さんの息が耳にあたってくすぐったい。 「…淳。」 「…っ」 名前を耳元で呼ばれて思わずビク、と肩が震える。 今、俺は間抜けな顔をしているに違いない。 城崎さんに見えないように少し顔をそらす。 なに…? 「…ありがと。」 聞こえてきたのは、お礼の言葉。 それから… 「…ひゃ…!?」 耳に柔らかい感触。 前も頬に感じたことのあるもの。 …城崎さんが、俺の耳にキスした。 予期していなかった行動に変な声がでてしまう。 恥ずかしくなって手で口を押さえる。 城崎さんの方を見るとイタズラが成功したとでもいいたそうに笑っている。 「感じちゃった?」 「〜っ、感じてません!!」 俺の反応を楽しんでいることが分かって、より一層顔に熱が集まる。 逃げるようにドアを開け、振り返らずにでていく。 早足で家への道を歩く。 まだ心臓は早鐘を打っている。 あんなことされたら心臓がもたない。 城崎さんが好きだ。 もうこの気持ちは誤魔化せない。 別にどうこうなりたいとは思ってない。 城崎さんは、姉ちゃんが好きだったんだ。 なれるとも思っていない。 思ってない、けど… 城崎さんのスキンシップはこれからも変わらずありそうだ。 その度に俺はドキドキして… 「はぁ…」 想像すると溜息がでる。 前途多難だ。 …でも嫌じゃない。 まだ火照っている耳を冷ますように、手で触れた。

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