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第5話②

いま俺はすごく緊張している。 それはもうテストの時くらい、あるいはそれ以上かもしれない。 姉ちゃんから水族館のチケットをもらい、俺は祐介を誘った。 そして今日、駅である人を待っている。 その人は… 「淳。」 「っ!城崎さん!」 祐介ではなく城崎さんだ。 チケットをもらった次の日に、祐介を誘ったが予定があるからと断られてしまった。 稜様にも即断られた。 期限は週末までなので学生の俺たちは土日しか行ける日がない。 友人は悲しいかな、そんなに多くはないので誘える人が限られている。 困った。 でも行かないのはもったいない。 困り果てた俺の頭に浮かんだのは… 城崎さんの顔。 (行ってくれるかな…) 迷いながらも城崎さんにお誘いのラインを送ると、意外にあっさりと「行く」と返事が返ってきた。 そう、だから今日は城崎さんと2人でお出かけなのです。 「……」 「何?」 「いえ…」 私服がおしゃれなのか顔がイケメンなのか。 …多分両方だ。 俺も一応城崎さんと並ぶからと思って、できる限りめかしこんできたつもりだったが比べものにならない。 何だ、その隠しきれないオーラは。 「…睨まないでくれる?うざい。」 「ひどっ!」 城崎さんをじっと見ていると渋い顔をされた。 言い方が酷い。 ホームで城崎さんを見てきゃあきゃあいってる女子の方々。 この人は思ってるような爽やかイケメンじゃないですよ。 バレてしまえ。 いや、バレてもモテるのか…? 「ほら、電車きたよ。」 「わっ…はい!」 電車が来て、城崎さんが俺の背中を押して乗るように促す。背中にあたった手にドキッとする。 意識するな、意識するな… やや早足になりながら空いている席に座る。 水族館までは3駅なので10分くらいだ。 城崎さんと電車に乗るの初めてだな。 いつもは家までの道を歩くだけだから何か新鮮だ。 駅をでると、他にも水族館目当てと思われる人達がいた。 ここからはそんなに遠くなく徒歩で行ける距離だ。地図を確認しながら前の人に続いて歩く。 水族館に着くと、チケットブースが行列になっていた。 すごい。 新しいもんな。 チケット持っててよかった… 城崎さんにチケットを渡して入館する。 チケットブースが行列なだけあって館内も人が多い。 どこの水槽も人がいっぱいでどんな生き物がいるのかよく見えない。 「すごい人ですね…」 「……。」 「…城崎さん?」 人の多さにうんざりしてるんじゃないかと思ったが、予想は外れた。 城崎さんの目が輝いている。 まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供みたいだ。 「っ!あれは…っ!」 「ぅえっ!?ちょっと城崎さん!?」 がしっと腕を掴まれぐいぐいと引っ張られる。 お目当ての水槽があるらしく城崎さんの視線はそっちへまっしぐらだ。 歩みが止まった先にあったのは、またしても人だかりのできた水槽。 なんだろう? 角度を変えたりして覗きこもうとするが、人が多くて何がいるのか分からない。 城崎さんは、俺みたいにキョロキョロすることはないが水槽の上部分を真剣に見ている。 城崎さんがそんなに真剣になる生き物ってなんだ? 気になる… しばらくしてその生き物が水槽の上へ上へと泳いできて顔を表した。 「あ、亀?」 「……!」 城崎さんは、亀を見た瞬間に目を一層輝かせてその泳ぐ姿に魅入っている。 姉ちゃんのいっていたことは本当だった。 城崎さんがピアノ以外でこんな活き活きすることがあるなんて。 その後もジンベイザメやペンギン、イルカと城崎さん任せで中を回った。 そこでもやっぱり城崎さんは、目をキラキラとさせて夢中になっていた。 「…何」 楽しそうな姿が微笑ましくて横顔を見ていると、ばつが悪そうに城崎さんが振り返る。 「城崎さんは水族館好きなんですね。」 「…好きだよ。悪い?」 「いえ!楽しいですね。」 俺に指摘されて城崎さんは照れくさそうにしている。 いつもの爽やか…は表向きだけど、クールな城崎さんと違って、小さい子みたいに喜んだり少し照れたり。 何というか… かわいい。 「…なんか余計なこと考えてるでしょ。」 「思ってませんよ!へへっ」 笑って答えたら、城崎さんは俺をはたいて先へ進んで行ってしまった。 行く前は緊張してどうしようかと思ったけど… 城崎さんの普段見れない姿を見て、新しい一面を知れた気がして。 嬉しい。 ひと通り回った後に、お土産コーナーでグッズを見る。 クッキーにタオル、人形など定番のものがずらりと並んでいる。記念に何か買おうかな、と商品を物色しているとキーホルダーが目に入った。 今日見た亀やサメ等の小さな人形が付いている。 俺が手にしているのはサメのキーホルダー。 元々好きなのもあるが、この人形の目のあたりが城崎さんに似てるな、とか思ったりして。 …気持ち悪いな、俺。 「それ買うの?」 「わ!」 キーホルダーと睨めっこしていると、後ろから城崎さんが覗きこんできた。 …近っ! 心臓に悪い。 「悩んでるんですけど…つけるところもあんまりないからなあと思って、ははっ」 気にはなるものの、いざ買うのかと聞かれると躊躇してしまう。 理由も理由だし。 やっぱり買うのはやめておこうとキーホルダーを棚に戻そうとしていると、城崎さんに奪われた。 「貸して」 城崎さんはそのままレジの方へと進んで行く。 「えっ、城崎さん!いいですよ!」 「いいから。あっち行ってて。」 城崎さんを止めようとするが、俺に構わず会計の列へ並びに行ってしまった。 申し訳ないので飲み物を買ってベンチで待っていると、袋を下げて城崎さんが戻ってきた。 「ん。」 「ありがとうございます。」 袋からさっきのキーホルダーを出し手に乗せてくれる。 素直にお礼を言って受け取り、代わりに飲み物を渡す。 「すみません。気を遣わせてしまって。」 「別に。チケットのお礼。それに…」 城崎さんは、話しながら袋から何かを取り出して俺の顔に近づけてくる。 「俺とお揃いなんだから、ありがたく受け取りなよ。」 目の前にあるのは、俺にくれた物と同じデザインの亀のキーホルダー。 お揃い… お揃いなんて祐介や稜様ともしたことない。 キーホルダーごしに城崎さんと目が合う。 ぐわっと一気に体温が上がる。 「お揃い…ですか」 「なに、嫌なの」 「い、いえ!嫌じゃないです!」 むしろ嬉しい。 顔が緩みそうだ。 ー今日は嬉しいことばかりだー 情けない顔にならないよう手で顔をぱんっと軽く叩いて、キーホルダーを鞄にいれた。 帰り道。 駅から家までの道を一緒に歩く。 城崎さんとは趣味が似ている訳でもないのに、一緒にいるとすぐに時間が過ぎていく。 いつもなら長く感じる道があっという間で、気が付いたら分かれ道まで来ていた。 「今日はありがとうございました。楽しかったです。」 「うん。俺はそんなに楽しくなかったけど。」 「はい。…え"っ…」 まさかそんな返答が返ってくると思っていなくて、ぐさりと刺さる。 ど直球! さっきまで1人で舞い上がっていた気持ちが一気に急降下する。 つ、つまらない… いや、そうだよな。 城崎さんみたいな人が俺みたいな男と出かけても… でも水族館では、あんなに楽しそうに… あ、俺との時間がつまらなかったってこと? それにしてもストレートすぎない!? 「それはちょっとひど…わ!!」 ひどいと抗議をしようとすると、城崎さんにくしゃくしゃと頭を撫でられた。 「嘘。淳といると、まあまあ楽しいよ。」 「…まあまあって何ですか…」 髪に絡む優しい手。 大好きな手だ。 からかわれたことがどうでもよくなる。 これだけで機嫌が直るなんて、俺は単純だな。 「またね、淳。」 そう言って離れていく手が少し恋しくて見上げると、夕日に照らされて笑顔の城崎さんがキラキラと光った。 「…はい。また…。」 直視出来ず顔を背けたまま返事をする。 …なんだこれ。 反則だ。 こんなの、俺じゃなくても好きになるよ。 「…イケメンめ。」 遠のいていく後ろ姿に、ぼそりと力の無い声でつぶやいた。

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