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第6話①

頬に触れる手。 まっすぐ見つめる目。 形の良い赤い唇が俺の名前を呼ぶ。 「淳…」 徐々に縮まる距離。 さらりと髪が揺れる。 息が頬に当たって、唇が… -ピピピピッ、ピピピピッ- 「しろさきさっ…!!あだっ!!」 相手の名前を呼んだ後、唇に容赦なく落ちてきたのは携帯電話。 思いもよらなかった痛みに耐えながら、目覚ましでセットしていたアラームを止める。 「…なんて夢みてるんだ。俺…最低。」 朝から下心丸出しな夢をみた自分に悪態をつきながら、体を起こす。 携帯の画面は昨日俺が城崎さんからのメールに返信を打っている途中で止まっていた。 寝落ちしてしまってたのか… あとで返事しておかないと。 ベッドから降りて朝の支度をする。 10月。 城崎さんの練習会は今も続いている。 この頃は、その調整もあってメールでやりとりする頻度が増えている。 大抵は1言2言の簡潔なメッセージが来るだけだけれど、文章を見るだけでなんとなくどんな口調でいっているのかが想像できて面白い。 制服に着替えて今日の時間割と持ち物を確認する。 筆記具を入れたら、母さんが用意してくれた弁当を最後に入れる。 これを忘れたら一大事だ。 「いってきます!」 先月より朝は冷んやりとしていて、少し寒い。 学祭までもう少しだな。 うちの高校でも毎年学祭がある。 俺のクラスは今年、ヨーヨーつりや射的など縁日をテーマにした遊びを出し物としてすることになった。 準備のため、普段よりはやくの登校だ。 放課後ももちろん準備があるので平日は文化祭の準備、土日は城崎さんの練習といった感じでなかなか忙しく過ごしている。 文化祭の準備は勉強と比べたら断然楽しい。 城崎さんの練習だって近くであんな綺麗な演奏が聴けるのだから全く苦じゃない。 苦じゃないけど… 城崎さんと2人でいる時間が増えたことで、より緊張で挙動不審になることが多いし、俺の気持ちがバレてしまうんじゃないかと冷や冷やしてしまう。 バレたら終わりだ… 「おっはよー、淳っ」 「おはよ。」 教室に入ると、机で祐介と稜様が道具作りをしていた。 「おはよう。祐介、稜様。」 俺も鞄を置いて、2人を手伝う。 クラスの中でも役割がいくつか分かれているのだが、俺たち3人はヨーヨーつりの担当だ。 ヨーヨー釣りに必須なこよりをせっせと作っていく。 「聞いてよー淳っ、谷センがさぁ〜」 祐介がこより紙を指でくるくる回しながらひっきりなしに話している。 作業が進んでいるのか進んでいないのか分からない。 「また怒られたの?祐介」 「懲りないね。」 俺と稜様はそれを何となく流しながら作業を進める。 「課題の出来が悪いからって、しょっちゅう呼び出してくんのっ!ひどくない?」 「…普通じゃないの」 ごもっとも。 「稜ちゃん!ひどい!ねー淳、ひどいと思わない?」 稜様に軽くあしらわれた祐介が、こよりをぎゅっと握りしめて俺の方を見つめてくる。 いや、握りしめたら潰れるぞ。 さっきから一本しか作ってないだろお前。 「…まぁでも祐介と谷原先生は仲良いよな〜」 色々と文句を言いたかったが、ここで無視すると余計にうるさくなりそうだったので適当に返事だけして、新しいこより紙を渡す。 「ばっ…!仲良くなんかねーしっ!」 祐介は、何故かちょっと顔を赤くして反論してきた。 思春期真っ只中の中学生か、君は。 間が悪くなったのかそこから祐介の爆弾トークはおさまって作業に集中してくれるようになった。 よし、これで静かに作業できる。 完成したこよりを数個ごとにまとめる。 「音大生とは仲良くしてるの?」 「…えっ!?」 「いでっ!」 一安心、と思ったところで稜様からまさかの質問が舞い込んできた。 びっくりして思わず釣り針で祐介を刺してしまった。 ごめん、祐介。 謝りながら涙交じりに睨んでくる祐介の肩をさする。 「し、城崎さん!?城崎さんとは相変わらず週末に会って毒吐かれまくってるよ!ピアノはもう次元が違うし、俺もういらないと思うんだけどね〜、ははっ。」 無駄に明るく言ってしまった。 話しながら赤くなる俺の顔をみて、今度は稜様と祐介が不思議な顔をしている。 「…そう、仲良良くやれてそうでよかった。」 「はは…あり、がと。」 稜様は、首を傾げながらも興味がなくなったのかそのまままた作業に集中し始めた。 ちょっと話題がでたくらいで動揺しすぎだろ、俺。 祐介のこといえたもんじゃないな。 赤みがまだ少し引いていない顔で心を落ち着けるように数を数えていく。 城崎さん、今日も練習してるのかな。 MILKEYの演奏も行ってるのかな。 最近お店に行けてないな。 カズさん、元気かな。 ……。 「…あっ!そういえば!」 **** 「くぁーっ!うんめぇー!」 「…おやじか。」 「カズさんの特性フルーツジュースだからねっ」 祐介、稜様、俺と3人並んで出来たての新鮮なジュースを堪能する。 「ははっ!初めてのお客様が2人もいるからな。サービスするよ〜」 「「「ありがとうございます!」」」 9月に文化祭の準備であんまり行けなくなると話した時、カズさんがあんまり遅くない時間ならサービスしてあげるから友達も連れてリフレッシュしにおいでと言ってくれたのだ。 今日はいつもより早く準備が終わったのでずっと行ってみたいと言っていた2人を連れて、その言葉に甘えることにした。 「2人のことは、いつも淳から聞いてるよ。」 「へへっ!俺が1番の親友なんです〜」 カズさんの言葉を聞いて、祐介がふざけて肩を組んでくる。 「暑苦しいぞ、祐介」 いつもの絡みが始まったと思いながら腕から逃れようと抵抗しているとカズさんが来客に気づき、にこりと笑った。 「いらっしゃい、彼方」 聞いたことのある名前がでてきてぴた、と動きが止まる。 「城崎さん??」

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