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第6話③
「はぁ…」
この間は、桐谷さんに嫉妬したりして不自然な態度をとってしまった。
思考が自分の思っている以上にガキで恥ずかしい。
土曜日。今日は練習会の日だ。
本番も近づいてきて、城崎さんもより真剣に練習に取り組むようになっている。
余計なことは考えないようにしないと。
「…よしっ」
小さく意気込んで、城崎さんの家のドアを開く。
「お邪魔しまーす…」
いつも通り城崎さんの姿はない。
玄関で靴を脱いでいると、城崎さんがいつも愛用している靴の隣にもうひとつ見慣れない靴があることに気がついた。
誰か来てるのかな?
とりあえず荷物を置きにリビングへ入ろうとした時、扉の開く音がしたかと思うと後ろから声をかけられた。
「あ、淳くんー。やっほー」
「!桐谷さんっ。」
後ろを振り返ると、桐谷さんが防音室から顔をだし手をひらひらと振っていた。
慌ててぺこ、と頭を下げようとするが、桐谷さんにいいよそんなかしこまらなくて、と止められた。
「この間ぶりだね。」
「あっ!はいっ!今日は桐谷さんも一緒なんですね。よろしくお願いします!」
「こちらこそよろしく。俺はすぐ帰るけどねー。まあ、ゆっくり準備しておいで。」
「はいっ!」
優しくにこりと笑いかけてくれる桐谷さんに勢いよく返事し、いそいそと荷物を置きに行く。
びっくりした、桐谷さんが来てたのか。
よく来るのかな。
まあ、同じ大学だもんな。
一緒に練習したりするよな。
それにしても桐谷さんはジェントルマンだ。
俺も桐谷さんを見習わないと。
平常心平常心。
防音室に入ると、既に城崎さんと桐谷さんが通し練習をしていた。
ピアノの音色とヴァイオリンの音色が溶け合うように綺麗に調和する。
あ、ここ前に城崎さんが1人で練習していたところだ。
ヴァイオリンの音が加わるとこんな感じになるのか。
桐谷さんの演奏を聴くのは初めてだが、城崎さんと同じく素人が聴いてもかなりの腕前であることが分かる。
2人の演奏に魅了されて息をするのも忘れるくらい目が離せなくなる。
違うメロディーを演奏しているのに、お互いに全く邪魔をしておらず、それぞれの楽器の良さを引き出している。
すごい…
曲が終盤にさしかかったところで、音が止み静かになった。
沈黙の間に緊張がはしる。
2人がお互いのタイミングを図るように視線を合わせるのが見えた。
「…」
沈黙を破った最初の1音は、1人で演奏しているんじゃないかと思うほど息がぴったりでまた惹きつけられ、気がついたら演奏が終わっていた。
感動して聞き入ってしまっていた俺は、思わず拍手をする。
「ははっ、淳くん大げさ〜。結構失敗したよ?」
「あれで失敗ですか!?すごいです!!」
「守。ここのところ、もうちょっと合わせたほうがいいな。あと30小節目の…」
俺のリアクションを見て桐谷さんがクスクスと笑う。
城崎さんは、俺たちの会話には入らず演奏が終わってすぐ楽譜を見ながら気になった箇所について話し始めた。
しばらく俺の相手をしてくれていた桐谷さんも真剣な表情に戻り、意見を出し始めた。
俺には分からない専門的な言葉が次々とでてくる。
アドバイスって本来こういうことだよな。
桐谷さんは、城崎さんの意見に同調しながら桐谷さん自身の考えも的確に伝えている。
城崎さんは、それを聞いてまた肯定したり反論したりする。
なんかお互いに遠慮がない感じだ。
本当に信頼し合っているのが伝わってくる。
「……。」
…またもやもやしてきた。
だめだ、平常心平常心。
城崎さん達は、真剣に話し合ってるのに。
しっかりしろ、と自分に言い聞かせるようにズボンをぎゅっと握りしめる。
「…淳くん?」
城崎さんと話をしていたはずの桐谷さんから急に名前を呼ばれて、はっとする。
「は、はいっ!」
俯きがちだった顔を慌ててばっと上げる。
俺の気分が悪いと思ったのか、桐谷さんが顔色を伺うようにこちらを見ていた。
さっきまで楽譜に釘付けだった城崎さんも楽譜にメモをするのをやめ、伸びをしている。
「どうかした?」
「いっ、いえ!大丈夫です!」
俺がぼうっとしているせいで桐谷さんに心配されてしまった。
動揺を隠すようにニコニコと笑って答える。
「…なに変な顔してるの」
城崎さんにもにこ、と笑いかけたら呆れ気味に変な顔といわれた。
変な顔じゃなくて、笑ってるんですけど。
「淳くん、演奏ばっかり聴かされて疲れたんじゃない?休憩しよっか。彼方、お茶でも入れてよ。」
「…守の家じゃないんだけど。飲むならリビング行くよ。」
お気遣いなく、と言う俺を桐谷さんがいいからいいからと言いながら背中を押してリビングへと連れて行く。
「準備するからそこで待ってて」
一足先にリビングにいた城崎さんは、俺と桐谷さんをソファに座らせると、そのままキッチンへ向かった。
「あ、」
俺も手伝います、とソファを立ち上がろうとすると桐谷さんに手を掴まれた。
「いいのいいの、やらせておけば。淳くん、毎週文句もいわず来てくれてるんだし。…それより、俺と話しよ?」
桐谷さんにこてん、と首を傾げながら笑顔で話をしようなんていわれたら断れない。
「…?はい。」
隣に座るよう促され大人しく従う。
ソファに座ると、手招きされ耳を貸すようにいわれる。素直に耳を差し出すと、小声で桐谷さんが話し始めた。
「淳くんさぁ。」
「?」
桐谷さんが焦らすように間を置く。俺は少し緊張しながら、話の続きを待つ。
「…彼方のこと好きなの?」
「…!??…え"っ!!?」
予想もしていなかった唐突な質問に思わず大きな声を出してしまい、慌てて口を押さえる。
桐谷さんの方を見ると、さっきと変わらずニコニコと笑っている。
「なっなにいってるんですかっ?!俺はっ、別に…そんなんじゃ…」
必死に弁解しようとするが、否定しようとすればする程動揺してしまう。
「へぇ。そうなんだね。」
「ち、ちが…い、ます…」
桐谷さんには、俺の反論も虚しくあっさりと結論づけられてしまった。
俺、わかりやすすぎ…。
桐谷さんに返す言葉を探すが、見つからず顔だけが赤くなっていく。
「…なにしてんの」
1人パニックになっていると、後ろからぐいと肩を掴まれ、割り込むように城崎さんが間に入ってきた。
「!!城崎さん!」
「あー。いま面白いとこだったのにー。彼方空気読んでよー。」
「……。」
城崎さんが紅茶とお菓子をテーブルに持ってきてくれるが、顔を見れず俯いてしまう。
桐谷さんは、何事もなかったかのようにお菓子に手をつけている。
「なんの話してたわけ?」
い、いまそれを聞かないで…
触れて欲しくない話題につっこまれ、尚更顔があげられなくなる。
「そんな怖い顔しなくていいでしょー。可愛い内緒話だって。ね、淳くん?」
「おっ、俺!お手洗い行ってきます!」
いたたまれなくなって会話を遮るように勢いよく立ち上がると、リビングから出て行く。
早歩きでトイレへ向かい中に入る。
「はぁ…」
ドアを閉めると、1度深く息を吐く。
どうしよう、桐谷さんにバレてしまった。
桐谷さんは優しいし、それでどうこうなるということはないと思う。
…けど、この調子だと本当に城崎さんに俺の気持ちを知られるのは時間の問題だ。
「…気をつけないと」
手を洗い、鏡で先程よりも幾分か表情が落ちついたのを確認してから洗面所を出る。
リビングへ戻ろうと廊下を歩いていると、桐谷さんと城崎さんがでてきた。桐谷さんの肩には鞄がかかっている。
「あれ、桐谷さん、もう帰るんですか?」
「うん、元々長居しないつもりだったからねー。淳くんがいてくれて楽しかったよ。」
ありがとねーといいながら桐谷さんは俺の横を通り過ぎて行く。
「あ、いえ!こちらこそ、ありがとうございました!」
今日の話は、忘れてくれたらありがたいです…
といいたいのをこらえて、俺も見送りをするため城崎さんに続いて玄関まででる。
桐谷さんは城崎さんと来週の講義のことなど事務的な会話を済ませると、靴を履きくるりと俺達の方へ向き直った。
「じゃ、また」
俺と城崎さんを交互に見てからそう言うと、桐谷さんは城崎さんへと近づき…
「…!??」
頬にキスをした。
突然の行動に思考がついていかず一部始終を凝視してしまう。
「…なにすんの気持ち悪い。」
「ひどい。愛情表現でしょー。淳くん、またねー。」
目を丸くして驚いたのは俺だけで、当の2人は至って冷静な顔をしている。
桐谷さんは、悪態をつく城崎さんを無視して笑顔で手を振りながらでていった。
「……。」
え?
友達だよな?
あ、でも城崎さんも俺に冗談でああいうことしてきたりするし…。
桐谷さんも同じタイプってことか?
それとも…
ドアが完全に閉まった後も俺はしばらく呆然と立ち尽くしていた。
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