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第6話④
さっきの光景が頭から離れない。
いつもは楽しみなはずの城崎さんの演奏も全く耳に入ってこない。
桐谷さん…
俺が城崎さんのことを好きと知ってどう思ったんだろう。
もしかして、俺の気持ちを不快に感じて諦めさせるために城崎さんにキスしてみせた、とか?
考えすぎだと分かっていても頭の中ではぐるぐるとそんなことばかり考えてしまう。
楽譜を見ながらメロディの確認をする城崎さんを見つめる。
そういえばこの間、夢に城崎さんがでてきたな…
俺の名前を呼んで近づいてきて、
そのまま
「淳。」
「は!はいぃぃっ!すみません!」
思考がよからぬ方向へ向かっていきそうになったところで、城崎さんに呼ばれて背筋がピンと伸びる。
危ない、また思い出すところだった。
あれはアウトだろ。
「さっきから間抜けな顔して。なに考えてんの?」
「えっ!?いえ、別になにもっ」
城崎さんと桐谷さんのキスとか、夢の中でキスしそうだったことを考えていました、なんてとてもじゃないけど言えません。
なんでもない、と言いながらも疑うような城崎さんの視線が痛くて目が泳ぐ。
「…守と何話してたの?」
「え!!」
よからぬことを考えていたことを言い当てられるのかと思いきや、逃げ切れたと思っていた話を盛り返されて、声が裏返る。
またその話ぶり返してきますかっ!?
話の仲間に入れなかったこと、結構気にしてるのかな。
「…それは…」
言える訳がない。
だけど、城崎さんがそんな事情を知る訳はなく俺が答えるのを静かに待っている。
適当にごまかそうと思うのに、城崎さんの表情が意外に真剣で何も言うことができない。
「随分と楽しそうに話してたよね。」
「そうですか…?まぁ、桐谷さんが気を遣って色々話してくれたんでありがたかったですけど…」
俺が笑って話しても城崎さんの表情は崩れることがない。
…なんか機嫌が悪い?
この間お店で鉢合わせした時みたいだ。
俺と桐谷さんが、楽しそうに話をしているのが嫌?
仲のいい桐谷さんを俺にとられたような気がしたってこと?
城崎さんの言いたいことが分からない。
「はぁ…」
城崎さんに求められていることが分からず、言葉に詰まっていると盛大に溜息をつかれた。
やばい。
また怒らせた?
機嫌をさらに損ねてしまったかと冷や冷やして、その場で動けずにいると城崎さんに手を引かれた。
「ちょっときて」
城崎さんに引っ張られるままついていき辿り着いた場所はリビングのソファ。
城崎さんは俺をそこに座らせると、同じように隣に座る。
でも距離が近い。
スペースは十分にあるのに、城崎さんは俺の方へつめてきて肩や膝が密着している。
「あ、あの…?」
なんでこんな近いんだ?
至近距離でお説教?
距離が近すぎて城崎さんの方を見れない。
けれど、耳元に吐息を感じて城崎さんが俺の方を見ているのが分かる。
「…守とさ、こんなことしてたよね」
城崎さんは、さらに距離を縮め吐息まじりの声でさっきの桐谷さんの行動を再現するように耳元で話してくる。
「…んっ…しろ、さきさ…」
城崎さんが話す度に息が耳に当たりびくりと肩が動いてしまう。
自分の反応に恥ずかしさがこみ上げてきて、手で城崎さんを押し返そうとするも微動だにしない。
「淳…」
耳に熱が一気に集まってくる。
城崎さんの声が身体に響く。
普段なんともない刺激にも敏感に反応してしまう。
「…っ!!ひ、あっ…」
急にぴちゃりと音がしたかと思うと、息が当たる感触から湿り気のある感触へと変わり背筋がぞわりとする。
形を確かめるように耳の裏をゆっくりと舌でなぞられる。
「…っ」
声が漏れそうになるのを唇を噛み締めてぐっと耐える。
これ以上されたら変な気分になってしまう。
今でさえ死にたいくらい恥ずかしいのに、更に情けない姿を城崎さんに晒すことになるだなんて耐えられない。
力を振り絞ってもう一度城崎さんの身体を押すと、すんなりと離れていった。
「…顔真っ赤」
「〜っ」
気分を鎮めることに必死な俺に対し、城崎さんは不機嫌だったのが嘘かのように満足そうな顔をしている。
唇をちろりと舐める舌に目を奪われそうになり、目をそらす。
「ふざけすぎですよ…」
「俺に言う気がないみたいだし。」
睨み付けて抗議しても、いつも通りさらりと返される。
横暴だ。
少し秘密にしただけで、倍返しにされる。
ただでさえ、俺は城崎さんが好きなのに。
こんな仕返しをされてしまったら。
なんだか悔しくてぎゅっと拳を握りしめる。
「…なにしてるんですか」
そんな俺には構わず、城崎さんは膝に頭を乗せようとしている。
もうすっかりお休みモードだ。
「すっとしたら疲れた。膝貸して?」
城崎さんは何とも自分勝手な発言をすると、上目遣いで膝枕を促してくる。
いや、もう膝のってるし。
なんだその顔。
確信犯か。
くそ、腹立つ…
俺が返事するよりも先に、城崎さんは目を閉じてうとうとし始める。
自分ばかりいいように扱われて、腹が立つのに気持ち良さそうな寝顔を見ると何も言う気がなくなってしまう。
ほんと、ずるいですよ…
10月にもなると、部屋で過ごしていても羽織るものがないと少し肌寒いが、膝に感じる城崎さんの温もりのおかげで心地いい。
城崎さんの熱を吸収してしまっては、城崎さんが冷えてしまうので近くにあった上着をそっとかける。
すぅすぅと寝息をたてる城崎さんの寝顔を眺める。
綺麗な顔。
白く長い指。
低くもなく高くもない中性的な声。
人を惹きつける優しく繊細な演奏。
涼しい顔で毒舌を吐くのに、努力家で。
そっけない態度なのに、優しくて。
笑って、俺の名前を呼んで。
「…城崎さん…」
城崎さんは、ずっと姉ちゃんが好きだった。
いまの気持ちはわからないけれど、城崎さんが一緒にいたいと思う人はやっぱり、同じ音楽の道を進む人のような気がする。
桐谷さんみたいに、同じフィールドで、同じペースで関わり合える人。
これは俺の勝手な妄想に過ぎない。
だけど、桐谷さんと城崎さんの関係性を見て改めてそう感じてしまった。
それなのに、城崎さんを好きだと思う気持ちは変わらなくて。
むしろ、ああしてからかわれる度に期待してしまう。
一緒にいればいる程。
抑えるのがつらい。
好き。
好きなんだ。
「…好き、ですっ…」
心の中で言ったつもりが、口に出してしまっていたことに気がつき慌てて口を押さえる。
やばっ…
城崎さんに聞こえたか!?
恐る恐る城崎さんの様子を伺う。
さっきと変わらず目を閉じていることを確認し、ふぅと胸を撫で下ろす。
セーフ…
「…淳。」
「!!!」
安心したのも束の間、寝ているはずの人物から声がしてぴきっと身体が硬まる。
数秒前まで目を閉じていたはずなのに。
気持ち良さそうに寝息をたてていたはずなのに。
城崎さんの目はぱっちりと開いていて、硬まる俺をじっと見上げていた。
「し、城崎さん!いま、起きたんですか…?」
「ん。」
城崎さんは、眠そうにあくびをしながら身体を起こす。
なんでいま起きるんだよ…
声大きかったか?
でもいま、起きたならギリギリ聞かれてない…?
穴があれば入りたい気持ちだったがとりあえず少し距離をとり、冷静を装いながら話しかける。
「よく休めましたかっ?そろそろ、練習…」
「ところでさ」
練習の方向へ話をもっていこうとしたが、途中で話を遮られる。
嫌な予感が頭を過ぎる。
「…」
膝に手を置きごくりと唾を飲んで、言葉の先を待つ。
頼む。
セーフであってくれ…
頼む頼む、と心の中で必死に祈る。
「…好きって何?」
セーフじゃなかったー!!
俺の祈りは虚しくも届かず、ばっちり聞き返されてしまった。
「い、いや!それは違って!えと、好きっていうのはそういう好きじゃなくて…」
「淳。」
パニックになってしどろもどろになっている俺の手を城崎さんが握り、名前を呼んでくる。
やめて。
やめてくれ。
そんな顔で。
どうしてそんな真剣な顔で。
「俺のこと、好きなの?」
「…っ」
さらに追い討ちをかけるようにそう問いかけてくると、握る手に力を込められる。
ごまかしは効かない、そう言われているみたいだ。
もう、だめだ。
言わないつもりだったけれど。
隠し切れない。
たとえもう会えなくなったとしても気持ちをいってしまったら楽になるかもしれない。
覚悟を決めて、口を開く。
「好き、です。城崎さんのことが。」
「…」
「友達や先輩としてじゃなくて、恋愛対象として…男なのに気持ち悪いですよね」
「…淳」
「城崎さんは俺に優しくしてくれて…気持ちを伝えなければ、このまま隠し通せば一緒にいれるんじゃないかって都合の良いこと考えて城崎さんに甘えてました」
「淳」
城崎さんが何か言おうとしているのが分かったが聞くのが怖くて、まくしたてるように話し続ける。
目が合わせられない。
「だからっ」
ああ、もう終わりだ。
城崎さんは、いまどんな顔をしているんだろう?
こんな形で終わってしまうだなんて。
もう少し、一緒にいたかったな。
「もう会うのをやめます。城崎さんにこれ以上迷惑かけられないのでっ…すみません!今いったことは忘れて下さい!今まで、ありがとうございました!それではっ」
握られていた手を振り解き、鞄を手に取って部屋を足早にでていく。
淳!と名前を呼ばれたのが聞こえたが、振り向かずに玄関のドアを閉めた。
さよなら、城崎さん。
さよなら、俺の恋。
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