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第6話⑤
『城崎さんが好きです』
ずっと言いたくて、言いたくなかった言葉。
あの日、城崎さんは俺の名前をずっと呼んでいたけど、俺は怖くて城崎さんの顔を1度も見ることができなかった。
いつかは終わりがくる。
分かっていたはずなのに、気持ちの整理が追い付かない。
気持ちを告げた日から1週間。
あれから城崎さんには会っていない。
MILKYにも行っていない。
城崎さんから何度か連絡がきたけれど、電話もメールも一切連絡を絶っている。
ちょっと大げさすぎかとも思ったけど、連絡をしてしまったらけじめをつけられなくなる気がして、連絡はしないことにした。
本当は、城崎さんから直接振ってもらうのがけじめなんだろうけど。
あいにく、そんなメンタルは持ち合わせていない。
10月終盤に入り、俺の学校は学祭まであと残り2週間となった。
「山本君、これお願い。」
「あ、うん。」
クラスメイトに頼まれた作業を黙々とこなす。
俺や祐介が担当していたヨーヨーつりは、はやくから準備が終わって今は他の担当の手伝いがほとんどだ。
「……」
…城崎さん、練習すすんだかな。
発表、聞きにいきたかったな。
手を動かしながらも気がつくと城崎さんのことが頭によぎる。
もう会わないなんて、早とちりすぎただろうか…?
(いやいやいや!!)
俺は好きってはっきりいったんだぞ。
そんな男に会いたい訳が無い。
甘い考えを振り払うように頭を振る。
とにかく今は考えない!
準備に集中!
新しい仕事をもらうべく席を立ち、忙しそうなグループを探す。
「淳ー」
教室の中をぐるりと観察していると、廊下から祐介に呼ばれた。
「何?祐介。」
「お客さん。」
お客さん?
俺に?
祐介の隣に、誰かいるのが見えたがはっきりとは分からない。
他のクラスに俺に用事のあるような友達いたかな?
不思議に思いながらも呼ばれるままドア前まで行くと、祐介の隣からその"お客さん"がひょっこりと顔を出した。
「久しぶりー。淳くん」
「!?桐谷さん!?」
俺に会いにきたのは、クラスメイトではなくここにいるはずのない大学生、桐谷さんだった。
制服を着ていないだけでも目立つのに、イケメンなもんだからすでに数人の女子がきゃあきゃあと騒いでいる。
クラスメイトや女子の視線から逃げるように、背中を向け少し小声で話しかける。
「ど、どうしたんですか?」
「急にごめんね。話をしたかったんだけど、連絡先知らなかったからカズさんに聞いて学校に来ちゃった。」
桐谷さんは、申し訳なさそうに俺に笑いかけながらちょっと話せないかな?と問いかける。
「俺は大丈夫ですけど…」
学祭の準備がある手前、はっきりと返事ができずにいると、祐介が俺に向けてガッツポーズをしてきた。俺に任せろとでもいうばかりにウィンクをしようとしているが、全くできていない。
…え?なに…?
俺が戸惑っていると、(ま、か、せ、ろ)と口パクで話してくる。
口パクにする意味がよく分からないが。
ま、まかせて大丈夫なのか…?
一抹の不安を感じたが、後から来た綾様に「適当にいっとくから話しておいで」といわれ、ひとまずその場は2人に任せ桐谷さんと教室を離れることにした。
****
校庭にあるベンチに桐谷さんと並んで座る。
桐谷さんは校庭から見える景色を眺め、懐かしむように目を細める。
「懐かしいなー、実は母校なんだ」
「えっ、そうなんですね、うちの学校にも大物が…」
「ははっ、大げさだなあ〜俺はただの大学生だよ」
しばらくあ、あれまだあるんだとかあそこでよく友達と遊んだなーなんて思い出話をした後、さて、と桐谷さんが本題を切り出す。
「…今日淳くんに会いに来たのはさ、彼方のこと。」
「城崎さん…ですか」
予想はしていたが、いま1番触れられると痛い話題にどきりとする。
「彼方とさ、なんかあったでしょ?」
「……」
するどい。
さすが桐谷さんだ。
伊達に城崎さんと友達してない。
図星をつかれ、思わず目が泳ぐ。
「最近、いつも以上にそっけないんだよねー。ちょっと元気ない感じ?なんかボーッとしてるし。変だなって思ってたら淳くんともしばらく会ってないみたいだし。」
「…う…」
城崎さん、元気ないんだ。
俺のことで変に悩ませてしまったのかな。
申し訳ないけれど、これ以上どうしたらいいか分からない。
硬い表情をした俺に嫌な顔もせず、桐谷さんは優しく笑いかけてくる。
しばらく言葉がでてこなかったが、その笑顔に促されるように俺は口を開く。
「…気持ちを、伝えたんです」
「うん」
「本当は、いうつもりなかったんですけど…城崎さんと一緒にいるとどんどん隠せなくなってきて。…でもいざ、気持ちを伝えたら止まらなくて…もう会わないといって別れてしまいました。」
「……」
言葉で説明するほど、自分の行動に嫌気がさしてくる。ドラマなんかでこんなシーンがでてきたら、なんでもっと堂々としないんだとか文句をいっているのに。
実際には堂々の欠片もないのだから笑える。
「城崎さんの気持ちは全く聞かず…本当男らしくないですよね」
「……」
静かに話を聞いてくれる桐谷さんの好意に甘え、一部始終をありのままに話したが、その表情は先程と違い笑顔がなくなっている。
桐谷さん、もしかして怒ってる?
それもそうか。
相手が優しい桐谷さんとはいえ、さすがに友達を困らせた奴に、いい気持ちなんてしないよな。
「……」
俺の話が終わっても桐谷さんが話を始める様子はなく、沈黙が続く。
こんな真顔の桐谷さんは初めてだ。
「あの、桐谷さん…?」
「…………………………はぁぁぁ」
何の反応もない桐谷さんにだんだん不安になり恐る恐る声をかけると、盛大にため息をつかれじっと顔を見つめられる。
「彼方も淳くんも…ばかだねー」
「…え?」
桐谷さんの口からどんな第一声が飛び出してくるのかと思っていたら、意外とシンプルな言葉だった。
…やや桐谷さんのキャラが変わっているような気もするが、今はツッコむ勇気がない。
桐谷さんはベンチに背中をもたれかけると、首をぐっと後ろに反らす。
「2人して辛そうな顔しちゃってさー、そんなになるなら直接会って話すればいいのに」
「っ俺は、」
「あーはいはい。行けない理由は分かったからさ。…でもこのままで本当にいいの?」
「……」
俺が話そうとすると、桐谷さんが被せるように話をしてきて何も言葉がでなくなる。
これでいいのか
この1週間、ずっと考えてきたことだ。
気持ちを伝えたこと
いまこうして会わないでいること
それらの選択は、正しかったのか。
正しい正しくないの問題でないことは、分かっていても考えずにはいられなかった。
だけど考えても考えても、何も答えはでなくて。
黙りこんでしまった俺に、桐谷さんは優しい声で話を続ける。
「…彼方さ、淳くんを見るとき優しい顔するんだよ。俺にはあんな顔絶対しないくせにさ。」
「城崎さんが…?」
城崎さんの優しい笑顔が頭に浮かぶ。
やな奴だよね、いっつもこんな顔なんだよと桐谷さんがわざとらしく顔真似をする。
思わず少し笑うと、桐谷さんが安心したようにふぅと息をつく。
「淳くんが思っている以上に彼方は淳くんを大事に思ってると思うよ。」
城崎さんが、俺を…
城崎さんと初めて出会った日からのことを思い返す。
城崎さんが俺をどう思っているのかは分からないけど、色々と世話を焼いてくれていたのは事実だ。
実際、家庭教師をしてくれた時や夏休みのアルバイトをしていた時だって嫌味をいいながらもいつも助けてくれた。
…カズさんの上手い勧誘のおかげでもあったけれど。
それでも本当に嫌だったら城崎さんの性格であれば断っているだろうから、嫌われては、いないのだと思う。
桐谷さんは、鞄から青色の紙を取り出すと俺に差し出す。
学祭のパンフレットだ。
俺は少し迷いながら、それを受け取る。
桐谷さんは俺が受け取ったのを確認すると、にこりといつもの笑顔を見せて立ち上がった。
「淳くんがいまでも彼方を応援してくれてるならさ、演奏は聞きに行ってあげてよ。」
服についた埃をぱんぱんと軽く払うと、桐谷さんは俺の見送りをここでいいから、と断り手を振って行ってしまった。
桐谷さんと引き換えに、手元に残った紙に目を落とす。
「…11月1日…」
横澤音大の学祭まで、あと約1週間だ。
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