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Amoroso~Yusuke's Story~

どうも。 ご無沙汰しています。 祐介です。 え?誰か分からない? 俺だよ俺!! 淳と稜ちゃんのクラスメイトかつ親友、そして淳の1番の理解者!! 好きなもの、ハンバーグ。 嫌いなこと、勉強。 得意なこと、サッカー。 突然ですが俺には、好きな人がいます。 その相手は… 「おーい!静かにしろー、授業始めるぞー」 うちの数学教師、谷原真人。 なんで高校生の俺が、教師の、はたまた男を好きになったのか… きっかけは、どうってことのないことだ。 それは遡ること一年前… 「あ、やべ。」 たった今返却されたばかりのテストの答案用紙を見てまたか、と苦笑いする。 元々苦手というか嫌いな勉強。 テストの点数は、たいてい赤点ぎりぎりか赤点だ。 今回返ってきたのは数学のテスト。 こちらの方も例に違わず、残念ながら赤点の範囲内に入ってしまっていた。 「赤点になってしまったやつは、放課後の補習にでること。以上!」 「げ。」 教師の口から告げられた補習という言葉に、思わず声がでる。 だが、祐介の苦痛に満ちた声は授業の終わりを告げるチャイムの音でかき消された。 授業から解放され、教室内が賑やかになる。 「うわ~まじかよー」 いつもなら真っ先に席を立つところだが、そんな気分になれずひとり文句をいう。 自慢じゃないが、補習には慣れている。 問題なのは科目だ。 「どうしたんだよ、祐介?」 「バカが珍しく落ち込んでる。」 休み時間になり、俺の席に集まってきた淳と稜ちゃんが怪訝そうに俺の様子を伺う。 「りょーうちゃぁーん!いでっっ!!」 稜ちゃんと目が合うやいなや助けを求めるように縋りつこうとすると、素早く頭に手刀をいれられた。 痛む頭をさすりながら、答案用紙を2人に差し出す。 「相変わらずだな…」 「逆にすごい」 俺のお粗末な点数を見た2人は、各々好き勝手に感想を述べると、これがどうしたといったような顔で見つめ返してくる。 え。 ひどくない? いつも通りとはいえど、もうちょっと何か反応ないの? 「いや、反応よ!!あ"〜補習行きたくね~…」 「あんたほんと真面目にやらなきゃやばいよ」 「いやいや稜ちゃん!そこじゃないんだよ!まぁ、勉強が嫌なのもあるんだけど…そうじゃなくて!…俺、谷セン苦手なんだよー」 谷セン。 それはさっき俺に地獄の補習を言い渡した張本人だ。 そこでようやく淳が、納得したようにあー、と声をあげる。 「祐介、谷原先生苦手だもんな。」 「苦手っちゅーか怖い!こえーんだよ、あの人!」 補習に引っ張りだこな俺は、もちろん今までも谷センの補習を受けたことがある。 以前、補習の呼び出しがかかっていた時にど忘れして遅刻してしまい罰として大量の課題をだされた。 その時の鬼のような顔は今でもトラウマだ。 「谷原先生は何も間違ってないけどね。」 「ひどい!稜ちゃん!俺の味方してくれないの!?」 わああと泣き真似をしながら、もう一度稜ちゃんへと飛びつこうとするが華麗に避けられた。 元々、谷センは生徒に厳しいことで有名だ。 だが、厳しさの中に感じるたまの優しさがいいのと一部の生徒の間では人気だ。 顔も悪くなく、整っている方なので何気に女子からの人気も高い。 俺には、よく分からないけど。 下校時間となり、それぞれが部活の準備や帰宅の準備を始める。 俺も帰宅の準備はばっちりだ。 このまま帰ってしまいたい、ところだが。 今日は、あの補習がある。 はぁぁ、と分かりやすく大きな溜息をつく。 「遅刻しないように行けよ」 「…いいですねえ、帰れる人は気楽で。」 そんな俺の様子にはお構いなく、淳と稜ちゃんは鞄を肩にかけ今にも帰ろうとしている。 おい、淳。 お前稜ちゃんと2人で帰る気か。 2人きりとか! 稜ちゃんと2人きりとか! 俺が補習の度に淳だけいい思いしやがって… くそー 「はぁ…」 がんばれーと完璧他人事でいってくる2人の声を背に受けながら、重い体を起こして数学の鬼が待つ教室へと向かった。 「…わっかんねー…」 数字や記号がずらりと並んだ紙を前に頭を抱える。 なんだ、これは。 まるで暗号のようだ。 全く頭に入ってこない。 以前の失敗を教訓に、補習の開始10分前には教室に着いていたため雷が落ちることはなかった。 だが、これを終えた人から解散と配られた課題が一向に進まない。 俺と同じく課題をしていた生徒達は、いつのまにかみんな帰ってしまい俺1人になっていた。 つまりは谷センと俺の2人だけ。 あー 帰りたい。 腹減った。 はやくこの空間から抜け出したい。 「…いつまでやってるんだ、お前は。」 すっかり集中力を失ってしまった俺に谷センが呆れたように声をかけてくる。 返す言葉もなく、うーと言葉にならない唸り声を上げる。 「…全っ然わかんねぇっす…」 お手上げだ。 この調子じゃ夜が明けてしまう。 呆然と机を見つめる俺に、谷センは小さく溜息をつくとひとつ前の席に座る。 「どこだ。見してみ。」 「…ここから…全部…」 嫌味のひとつでもいわれるかと思ったが、谷センは俺に分からない問題をきくと、ペンを片手に真っ白なプリントへと視線を移す。 「あーこれな。これは…」 一通り問題に目を通すと、裏紙にさらさらと式を書き始める。 さすが数学教師。 次から次へと問題をやっつけていく。 まぁ、課題を用意したのは谷センなのだから当然といえば当然だけど。 いつもは1問に何10分もかかる俺が谷センのマンツーマンの指導のおかげで、いつもの3倍くらいの速さで出されていた課題を全て解き終わってしまった。 「おっわったぁー!!!」 最後の問題を解き終えたと同時に、その喜びを叫ぶと椅子に脱力する。 あーー久しぶりにむちゃくちゃ頭使った。 これ以上やったら頭がパンクしてしまう。 うん。 今日はもう帰って、飯食って、寝るのみだ。 「家で寝る前に、今日授業でだした宿題もやっとけよ」 「ぐっ」 俺の心を見透かしているかのように、あえて考えないようにしていたことを谷センが的確に突っ込んでくる。 「今日は大目に見て下さいよ〜」 「あん?」 「やります、すみません。」 渋々ながらも返事をすると、教科書や筆箱を鞄へしまっていく。 谷センは俺が帰りの支度を始めたのを見ると、自分も黒板やら教材やらの片付けを始めた。 鞄のチャックを閉めながら、窓の外を眺める。 外は、日が暮れ始めていた。 もうこんな時間か… 戸締りの確認をしている谷センの後姿をぼんやりと見つめる。 ガラス越しに映る夕焼け色の空。 白のシャツを纏った少し大きな背中が、茜色に染まる。 真っ赤な空間で、黒い影が筋のように伸びていく。 (あ…きれい…) 「……」 いつも見ている夕焼けのはずなのに、今日はやけに綺麗に見えて、何故かもう少し話をしてみたいと思った。 俺の視線に気付いた谷センがなんだ、帰らないのかと声をかけてくる。 「谷セン」 「あ"ぁ?」 「…谷原先生。…進路ってどうやって決めたんすか。」 話題を考えていた訳でもないのに、柄にもなく真面目な質問が口から自然とこぼれていた。 なんでこんなこと、聞いてるんだろ俺。 「進路か…。大した動機じゃないが妹がいてな、よく勉強を教えてやってたんだ。別に特別頭がいいわけじゃなかったが、割と教えるのが好きでな。だから、大学は教育学部があるところを選んだ。」 自分の突拍子もない質問に内心焦っていたが、谷センは、特段驚くことなく真面目に返してきた。 "教えるのが、好き"。 俺の中で谷センのその言葉が反復するように響く。 「…そうなんすね……。」 質問した割に、そこから何を言いたいのか自分でも分からず黙り込んでしまう。 時計の分針が、ひとつ左に進むのが見えた。 「…朝間大学」 「…え?」 少しの沈黙の後、谷センの口からでてきた第一声にどきっとする。 鞄につけているキーホルダーが俺の動揺を悟ったようにカランと揺れた。 「掲示板のポスターを見てただろ。」 「……」 見られていたのか。 掲示板のポスター。 それはオープンキャンパスの案内。 あれを見てたのは一回だけだ。 入学してまだそんなに日の経っていないころ。 恐らく、まだ谷センの授業も片手で数えられるくらいしかうけていなかった時だ。 しかも誰にも見られないようにわざと放課後の人の少ない時間に行ったはずだ。 それを谷センに。 そんなピンポイントで見られていたとは。 居た堪れなくなってきて、目を逸らす。 「行きたいんじゃないのか。」 「…別に…俺、馬鹿だし。」 核心をついてこようとする谷センに、思わず投げやりな返事をしてしまう。 朝間大学。 俺の住んでいる地域では、まあまあ名の通っている大学だ。 偏差値もそれなりに高い。 赤点ばかりとっている今の俺では到底及ばない。 行きたいだなんて、言葉に出す勇気はない。 クラスメイトに知られたら、笑われるに違いない。 「なにいってんだ。」 「いてっ」 考えれば考えるほど無理な気しかしなくて心の中で言い訳ばかりしていると、いつの間にか目の前まで来ていた谷センが俺の頭を教科書で叩く。 「お前まだ1年だろ。」 「俺、壊滅的にできないすよ…」 「分からないまま放っておくからだ。分からないなら質問にこい。」 ど正論。 どこまでも弱気な俺に対して、谷センはどこまでも強気に返してくる。 「数学なら、空いてる時間にいつでもみてやる。弱音はやってみてからいえ。」 顔に似合わず、ドラマで熱血教師がいいそうな言葉を淡々と言われる。 いつもの俺なら、いや無理でしょーと右から左なのだが。 いまの俺にはよく分からない説得力があった。 硬い表情ばかりの谷センの顔が、一瞬綻んだように見えたからなのか。 綺麗な夕焼けが心に滲みていたからなのか。 不思議と心の中にすっとはまって。 やるだけやってみてもいいかもしれない。 そんな気持ちが膨らみ始めていた。 「…はい…」 さっきまで渦巻いていた投げやりな感情は、返事とともに小さくしぼんでいった。 この日から、俺は合間を見ては谷センにちょくちょく勉強を見てもらうようになった。 最初は、本当に質問しにいくという目的でしかなかった。 だけど、何度も会ううちに谷センのことを考える時間が増え、気がついたら、目で追うようになっていた。 なんでか? 考えるのが苦手な俺に思いつく理由は、ひとつしか浮かばなかった。 俺がバカだからなのかもしれないけど、でもきっとそうなのだと思う。 あんなに嫌な勉強で、苦手な相手だったはずなのに。 その時間を楽しいと感じているから。 終わってしまうのを惜しいと感じているから。 人を好きになるきっかけなんて、大したことじゃない。 "恋"というものは 唐突で 気まぐれだ。 さて! ということで、ここからは俺、祐介の恋物語の始まり始まりっ!!

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