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〜Yusuke's Story〜②

筆箱よし。 教科書よし。 元気、よーし! 鞄の中身をチェックしながら、ついでに自分の気合いも心の中で入れ直すとチャックを勢いよく閉める。 「またな〜、祐介」 「おう!」 手を振り教室を出ていくクラスメイト達を笑顔で見送る。 もう職員室にいるよな。 忙しいだろうか。 今日はどんな話をしようか。 椅子にかけていたブレザーを羽織りながら、これから会わんとしている相手のことを思い浮かべる。 壁にかかっている時計を見上げ、何時に声をかけようか、と考えていると、いつもの帰宅仲間である淳と稜ちゃんが俺の席まで集まってきた。 「今日カズさんとこ行くんだけど、祐介も行く?」 「あ~、わり!俺今日はパス!」 「…勉強?」 「そそ!」 手で謝罪のポーズをとり、誘いを断る。 以前、淳に連れられて行って以来たまに訪れるようになった喫茶店。 ドリンクやスイーツは美味いし、マスターのカズさんは優しくて毎回のようにサービスしてくれる。 常にお金に困っている高校生男子にとっては、断る理由のない嬉しいお誘いなのだが今日はそれ以上に大事な目的がある。 「一昨日ものこってたよな?頑張ってるなぁ、祐介」 「まぁな!」 「根っからのバカは健在だけどね。」 断られることを予想していたのか、2人が驚く様子はない。 実をいうと勉強だけが目的じゃないから、ちょっと嘘をついているような気分になるけれど。 だが。 断る理由は他にもある。 「今日、城崎さんも来るんだろ?」 「うん。来るっていってたと思う」 「じゃぁ、尚更いかね。お前らいちゃつくじゃん。」 「いっ!??そ、そんなことないだろ!」 俺の発言に顔を真っ赤にした淳が、必死に否定してくる。 なにを今更照れてるんだか。 毎回毎回見せつけてくるくせに。 淳は最近、音大生の城崎さんとかいう人と恋人になった。 内緒のつもりだったみたいだけど、顔は緩みっぱなしだし恋愛関係の話を仄めかすと分かりやすく動揺するもんだから俺と稜ちゃんには初めからバレバレだった。 そんな淳に痺れをきらした俺達は、珍しく手を組み、問い詰めて白状させたのだった。 つまりは今めちゃくちゃ盛り上がっている時期。 そのいちゃらぶな空気にぶちこまれてみ? 地獄よ? 「稜ちゃんは行くの?」 「私、約束あるから。」 「えっ!?」 バカップルの餌食になるんじゃないかと心配になり稜ちゃんに視線で危険信号を送ったが、俺がいうまでもなくお察しのようだ。 初耳だ、と言わんばかりの声をあげる淳をさらりと無視すると稜ちゃんは手を振りさっそうと出ていった。 うん。 稜ちゃん。 それが正解だ。 「ほれ、淳も帰れ帰れ。城崎さんに可愛がってもらう時間がなくなるぞ。」 「その言い方やめろよ…」 変に照れながら文句をいう淳を手でしっしと追い払い、帰っていくのを確認すると鞄を肩にかける。 さて、と。 俺も行くかな。 はやる気持ちを抑えながら階段を降り、廊下を早歩きで歩いて、職員室と表札がでているドアを思い切り音を立てて開ける。 「谷セン!!」 「静かに来れないのか、お前は。」 今日も今日とて、俺は谷センに会いに行く。 誰もいない空き教室。 谷センが教科書を片手に、問題集のページをめくる。 「じゃぁ、さっきの例題を参考にここから解いてみろ。」 「うぃー」 シャーペンをかちかちと鳴らし、新しく芯をだすと指定された問題を解き始める。 熱心に通ったおかげで、当初より大分と問題を解くのがスムーズになった。 俺も進歩したな。 自力で答えを導きだせるというのはやっぱり気持ちがいい。 通信教育の宣伝文句みたいなことを考えながらペンを走らせる。 静かな室内で、文字を書く音だけが響く。 「できやしたっ!」 最後の問題を解き終えると、ノートを両手に持ち向かいに座っている谷センに差し出す。 「はいよ。」 パソコンでレジュメの作成をしていた谷センが顔を上げノートを受け取る。 解答の冊子を取り出し、俺の解答と正答とを照らし合わせ始める。 俺は、その様子を頬杖をつきながらじっと観察する。 「…谷セン。」 「谷センはやめろ。」 「好きだ。」 「あーはいはい。」 愛の告白をしたというのに、谷センは机と対面したままそっけない返事を返してくる。 それもそうだ。 谷センに告白するのは、これが初めてじゃない。 ゆうに100回は超えていると思う。 谷センのことが好きなのだと気づいてから、会う度にこうして想いを伝えているのだがいつも適当に流されてしまう。 告白の仕方が駄目なのかと思い、俺なりに色々とアプローチを変えてみたりもしたのだが全く相手にされない。 「好きだ好きだ好きだぁ〜」 「歌わんでいい。」 拳でマイクの形をつくり、即興ソングを披露してみるも一瞬で止めに入られる。 ちぇ。 つれないな。 谷セン、おーい谷セーンとしつこく名前を呼んでいると、頭をがしっと掴まれ強制的に机の方へ向けられた。 「集中しろ。」 「へーい」 どうやら今日も撃沈みたいだ。 ノートが返ってきたかと思うと、また新たに問題を追加される。 あんまりしつこいと鬼の形相で説教されるのが目に見えているので、大人しく従うことにする。 うーむ。 今度はどんな方法でいってやろうか。 振られた傍から早速次のプランを考えながら俺はペンを持ち直した。 **** すっかり遅くなってしまった。 帰りに淳達とMILKYに寄っていたのだが、途中で忘れ物に気が付き学校まで引き返してきた時には外は真っ暗になっていた。 「…やべ。」 忘れ物を無事救出してきたのはいいものの、地面を叩く大粒の水をみて下駄箱の前で立ち尽くす。 確かに今日の予報は雨だった。 だが、降り出すのは夜だと聞いていたので傘は持ってきていなかった。 まさかこんなに早く、しかも大雨になるとは。 朝ののんきな俺をしばきたくなる。 「はぁ…」 溜息をつきながらスマホを取り出す。 ボタンを押し、画面を開くとメールの通知が来ていた。 そのメールを読んでまた絶望する。 メールの相手は母親。 内容は、今日は遅くなるから帰りにご飯を買って先に寝ておくようにというもの。 「まじかよ…」 今日に限って合鍵を玄関に置いたまま出かけてしまった。 頼みの綱の父さんも出張中で帰ってこない。 完全にやらかしてしまった。 今日の運勢って最下位だったっけ? 不幸の連続に思わず2度目の溜息がこぼれる。 どうしようか。 淳の家に泊めてもらおうか。 だが友人の家とはいえ、急に泊めてもらうのは気が引けてしまう。 スマホの画面をじっと睨み、全くでてきそうにない解決策を考える。 「嶋谷?お前まだいたのか。」 とりあえずコンビニでも行って時間を潰すかと思い始めた時、後ろから今日はまだ授業でしか聞けていなかった少し低めの声がした。 「…谷セン〜」 珍しく少し驚いた顔をしている谷センにうわぁーっと泣き真似をしながらどさくさに紛れて抱きつこうとするが、腕を捕まれ元の位置に戻される。 「まだのこってたのか?」 「ちがうんすよ!忘れ物して!んで取りに行ったら雨が降ってきて!でも傘もってなくて!そんでもって親帰ってこねえし、鍵もねぇしっ!」 「落ち着け。」 興奮気味で話す俺を谷センが冷静に宥める。 ひとまず正面玄関から離れると、椅子を持ってきてくれ座るよう促される。 そうだ。 落ち着け俺! 大袈裟に深呼吸をして心を落ち着かせる。 よし。 「谷セン…泊めて?」 「落ち着け。」 せっかく可愛いらしく小首を傾げておねだりしてみせたというのに、先程と全く同じ言葉でつっこまれてしまった。 「谷セン〜、俺1人なんだよ〜…可愛い生徒を置き去りにしていいの?」 「自分でいうな。」 「谷セン〜…」 「……。」 うざいほどに目を瞬かせて見せるも、効果は薄いようだ。 谷センはひとつ息を吐くと、ちょっと片付けてくるから待ってろ、とそのまま職員室へと入っていってしまった。 くそぅ。 手強いな。 じぃちゃんとばぁちゃんには効果絶大なんだけどな。 次は、動物の泣き真似でもしてみるか? と、まぁ冗談はこのへんにして。 そろそろ真剣にどうするか考えねば。 自分で自分にツッコミをいれてから、再び今夜の過ごし方について対策を練る。 傘は、学校で借りるとして飯はコンビニで買ってそれから… 「しま…に…」 漫画喫茶でも行くか? でもあんまり何時間もいれる程、金持ってないし… 「し…たに…」 それかカラオケとか? 高校生って何時まで大丈夫なんだっけ? 「おい、嶋谷。」 「うえっ?」 谷センが俺を呼ぶ声で我に返る。 俺があれやこれやと思案している内に、帰り支度を済まし戻ってきていたらしい。 「あ、おかえり。谷セン。帰っちゃうの?」 「お前も帰るぞ。」 「うぃっす。ちょうど、コンビニ行こうと思ってたところで…」 「俺の家に来い。」 「わっかりました〜…て、え?」 予想外の言葉に耳を疑う。 思考が追いつかず固まる俺に、谷センは呆れ顔で傘を手渡す。 「何驚いてんだ、自分から言い出したくせに。」 そう言い捨てると、さっさと玄関口まで歩いていく。 え? え!? 確かにいったけど! まさか、本当に? 願ってもないシチュエーションに、ひとりで顔芸を繰り広げる。 廊下に立ったまま中々こない俺を谷センが早く来い、と呼ぶ。 俺は慌てて立ち上がると、遠くなっていく背中を追いかけた。 ご報告。 本日、俺は好きな人の家で一夜を過ごすことになりました。

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