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生意気な弟と二人きりで過ごすイベントだって!?

______ ______ 「やあ、キミとはいつぶりに会うのか覚えてはいないが、キミはいつ会っても美しい。それに比べ、ボクときたら――。いやいや美しいキミとは住む世界が違うではないか……っ____いったいどうすればいいんだろうか?気高きキミにふさわしいと称賛される相手となるには、いったいどうすれば……っ____」 両親の切なる願いを渋々ながら承諾し、辿り着いた部屋の中に一歩入るや否や一人の男が勢いよく此方へと――というか、俺の目の前に迫ってきた。 急に出てきたから動揺したのもあるが、それよりもびっくりしてしまったのは俺がダイニチキュウのゲーム売り場のデモプレイの画面で見たのと、目の前に迫ってきた男キャラクターの様子が全然違っていたことだ。 「ア、アルトよ……これでいいのだな?それでは我々はこれにて失礼するよ。さあ、いくぞ……ミミル」 「え……っ……ええ――では、後はお若くて未来ある二人でということで…………私達は失礼致しますわ」 こうして、俺の――いやナンダレダというキャラクターの両親はそそくさと、この場から去ってしまった。 男キャラクターの名前はソルト――の筈なのだが、俺の目には【ソルト】というキャラクター名が無情にも飛び込んでくる。 やはり、こいつも先程の生意気なアレスのように所々バグってしまっているのだろうか____。 少し冷静になり、よくよく観察してみればデモプレイをした時に目にした【ソルト】の印象と大分違っているし、そもそもさっき父が【ソルト】ではなく【アルト】と呼んでいたのを思い出す。 本来の《セレスティア物語》での【ソルト】の立ち位置は俺がプレイする【アンダレタ】というキャラクターの血の繋がっていない義理の兄にあたる筈だ。 ストーリー上では【ソルト】は勉学をするべく異国に赴いていたが、ようやく王宮に帰った所で《自らの家庭教師とのいざこざがあり口喧嘩をする》という、このイベントが起こる筈なのだ。 そこで、まずはそれが本来のゲームと合っているのか確かめることにした。 「あ……っ……義兄上――お久しぶりです。えっと……暫く見ないうちに少しばかり……いえ結構雰囲気が変わられましたね?」 少しばかりたじろぎながらも、何とか尋ねてみる。 すると____、 「あ~……キミ、さてはまた寝ぼけているのかな?まったく、御父上も仰っていたさ……その――最近キミの様子が変なんだとね。しかし、だ……まさか自分の婚約者を義兄と間違えるだなんて____いったい、どのくらい長く眠りの世界に誘われていたというんだい?」 「…………っ____!?」 これは、悪い夢なんだと思いたかった。 しかし、だ――夢なんていう甘く都合のよい現象じゃないことは既に分かりきっている。 そもそも、本来の《セレスティア物語》には婚約対象のキャラクターなんて一切存在しない。《結婚システム》は存在せず、あくまで《恋愛システム》を優先――つまり【売り】にしているシミュレーションゲームなのだ。 * そういえば、テレビでもこのゲームを開発した人物らがこのように言っていたじゃないか。 『このゲームには、あえて《結婚》というシステムは入れませんでした。あくまで架空のキャラクターとの《恋愛》を重点的に皆様に楽しんでいただきたい――それが我々のセオリーです。結婚などという重い概念に縛られることなく、あくまで自由に楽しんで頂きたいのです』 シワひとつなく、パリッとした立派なスーツを着た年配の男が声高々にこのゲームを開発した思いをテレビの向こうにいる我々に対して訴えていた。 そして、その後に隣にいる少しばかり弱々しそうな青年も続いて、こう言ったのだ。 『ようこそ、我々の世界へ。さあ、皆様もセレスティア物語へDAIVして下さい……限りなく自由な世界があなた方を待っています!!』 周りを取り囲む記者達は皆が皆拍手喝采で、その度にカメラの光が点滅していて目がチカチカしていた。 * 自由な世界____。 本来の《セレスティア物語》は、モブキャラク以外の攻略対象キャラクターであるならば、その中の誰と恋愛してもストーリーに支障がでない仕様となっていた。 だからこそ、せいぜい数個の限られた選択肢システムもなかったのだ。 それでも、好感度が意図的に固定されていて、どう頑張っても恋愛にまで至らない仕様になっているモブキャラが存在するのはゲームバランスを保つための微調整なだけだと会見していたスーツ姿の男は言っていた。 更にいえば、舞台である王宮内であれば何処へ行っても構わないし【外】にさえ出なければ中々快適といえる。 そもそもリアルでだって、《人々が完全なる幸福を感じる理想的な世界》を目指すことがほぼ不可能といえるくらいに難しいのだから、少なくとも俺はそんな些細な矛盾は気にならない。 《セレスティア物語》は立派な自由を語ってはいるものの【完全なる自由】を提供してくれるゲームじゃない――などという少数意見も分からなくはない。 でも、これだけはいえる。 俺は、このゲームが大好きだ。 将来のこと、大学の単位のこと――そしてリアルでの退屈な生活のこと。そういった不安が押し寄せて過ぎ去る虚無感混じりの憂鬱な時を忘れさせてくれるのだから____。 (それに、このゲームは何よりも____) ____と、かつてダイニチキュウ・晞京都での思い出に意識がいってしまっている最中、ふと目の前にいる義理の兄――もとい【婚約者】などという、ふざけたことをぬかしている男の視線を強く感じてしまい、その気まずさから直ぐに視線を逸らしてしまうのだった。

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