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17 終業式を終え、いよいよ夏休みが始まる。 去年の明里の夏休みはというと、バイト三昧でろくに遊んだりしていなかった。 しかし今年は信じられないことに23歳イケメン御曹司の家で過ごすことになっている。 少女漫画ならおそらくこのままハッピーエンドに続くはずだが、明里の気分は寧ろアンハッピーで重大な悩みを抱えていた。 ( 龍司さんバイトやめろとか言ってたけど…無理だろ…やめたらおれこれからどうしたらいいんだよ。でもやめないって言ったら怒りそうだよな…。とりあえず癪だが今夜相談するか…、) 明里は考えながら下駄箱で靴を履き替えていた。 するとポケットに入れていた明里のスマホがなった。 ポケットからスマホを取り出し画面を見ると、名前のところに『 龍司さん 』と表示されていた。 明里はタイミングの良さ(?)に少し背筋が凍るが、渋々通話ボタンを押した。 『 はい…もしもし。まだ、学校なんだけど…。』 『 俺の部下にお前の迎えを頼んだ。校門に車が止まってるから運転手に俺の名前を言え。』 『……は…え…?何勝手なことしてんの?今日は部活で小谷いないけど一緒に帰ってたらどうすんの!てか、こんな事に部下を使うなよ…。』 『 当たり前だ、お前が心配だからな。俺は夜まで仕事があるから家で1人だが好きに寛いでくれてていい。』 無愛想に一方的に要件だけ伝えて、突然挨拶もなくブチ切りされた通話。 明里の耳にはツーツーという電子音が寂しく聞こえていた。 ( はあ??どこまで自分勝手なんだよ!なんの心配があるんだよ……でもせっかく迎えに来てくれたしな…部下さんはあの自分勝手な男に命令されているだけで1ミリも悪くないし。) 明里はとりあえず学校を出て、校門に向かう。 外に出ると夏の日差しが容赦なく照りつけて来ていて、複雑な気分だが車での送迎をありがたく思った。 見慣れた校門の前に見慣れない黒い外車が停まっていた。 下校中の生徒達はチラチラと車内の人間を確認していた。 明里は無意識のうちに顔を軽く伏せて車に近づき、運転席の窓を軽く叩いた。 すると、運転席から40代くらいの男性が降りて来た。 背が高く、スタイルが良い。背筋がピンと伸びていて、 ブランド物のスーツがとても似合っていた。 明里は思わず目の前の男性に見惚れてしまう。 彼は少し困ったような顔で明里に声をかけた。 『 あの、あなたが明里さんですか?』 『 ....ふぁい!!あっ…そうです!』 明里は不意に自分の名前を呼ばれて変な声が出てしまった。 彼はそんな明里を見てクスクスと笑って言った。 『 はじめまして。私は龍司様の運転手の岡と申します。龍司様に託けされて、明里さんをお迎えに上がりました。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。外にいると暑いですし、とりあえず車に乗ってください。』 岡さんは慣れた手つきで後部座席のドアを開けて明里に乗るように促した。 岡さんが横を通ると、優しくてどこか懐かしいような金木犀の香りがした。 明里は岡さんの紳士さに惚れ惚れしているとハッと思い出した。 『 あのっ…おれなんかのために迎えに来てもらってすいません!龍司さんにはいらないって言ったんですけど……。本当に申し訳ないです。でも…ありがとうございます。』 岡さんは少し驚いた顔をしたが少し笑って答えた。 『 大丈夫ですよ。これが仕事ですから。それに…龍司様に以前明里さんのことを写真で見せていただいた時、とても綺麗な方だと思いました。でもどこか人を寄せ付けない、気の強い方なんだろうなという印象を受けたんです。しかし実際はこんなに可愛らしい方だということが知れたので…。』 『 んんん!?何言ってるんですか!!おれは全然そんな…。 岡さんこそすごくかっこいいですよ。スマートだし…!』 岡さんは右手を口に当ててクスクスと笑った。 『 本当に、明里さんみたいな方が龍司様を愛してくださってとても嬉しいですよ。あの方は普段から張り詰めた糸のような人ですから、癒してくれるような…潤滑剤になるような存在が必要だったんです。』 『 あっ!!愛してるとか!違います違います!!あの人とはただの……えっと…知り合い?で…そんなんじゃないです!』 『 そうなんですか?龍司様に大事な人と聞いていたので。私はてっきり…。申し訳ありません。』 岡さんは明里の否定にガックリと効果音が聞こえて来そうなぐらいに悲しそうな顔をしている。 明里は少し申し訳無い気持ちになってしまう。 『……でも、全然嫌いとかじゃないですよ。むしろ尊敬しているところもたくさんあるし…。まだ出会ったばかりなので…。』 明里は少ないボキャブラリーで必死にフォローした。 すると岡さんはみるみる嬉しそうな顔になっていった。 ( すっごいわかりやすい人だ…!かわいいな岡さん。) 家に着くまで岡さんは龍司の話を楽しそうにしてくれた。 岡さんは龍司が小さい頃から牧家の運転手をやっていて、龍司の成長を父親のように見守って来たらしい。 岡さんは龍司のマンションの前に車を停めると、サッと車を降りて明里が乗る後部座席のドアを開けてくれた。 『 それではお気をつけて。私の話に付き合っていただいて……。ありがとうございます。また何かあれば。』 明里は御礼を言って頭を下げ、マンションのエントランスで別れた。

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