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第6話
風が水面に波紋を立てる。
池を囲む水生植物もわずかに揺れる。
その様子を海斗は近くのベンチから眺めていた。
隠れスポットのようなこの場所に海斗は、拓也に連れて来られてから何度か訪れていた。
何もやることの無い病室でじっとしている気にもなれず、気づくと無意識のうちにこの場所に来ているのだ。
(別にこの場所が気に入ったから来てる訳じゃねえし。ただほかに行くよりもましだから
仕方なくいるだけだし。)
誰も聞いているわけでも責めているわけでも無いのに、海斗はそんな言い訳めいたことを一人考えていた。
「……うっ、寒っ……」
ベンチに座っていると先ほどよりも強い風が吹き、海斗は小さく震え肩を抱いた。
実を言うと、海斗は今朝からあまり体調が良くなかった。
起きたときから倦怠感と熱っぽさがあり、息苦しくもあった。
風邪か骨折による発熱なのか、病室のベッドでおとなしく休んでいるのが最善なのであろうがそうしていても気分が優れず、少し気分転換に外に出ていた。
もうすぐ夏だとはいえ今日は肌寒く、上着くらいは着てくるべきだったなと冷え切った体をさする。
体調不良で風にあたるのはあまり良くないと思い、病室に戻ろうと腰を浮かすと、ふと視界の端に緑の中の紫色が映る。
あの時から蕾のままでまだ咲いていないカキツバタだ。
何れアヤメかカキツバタ
よく似ていてどちらとも判別がつかない場合のたとえ。
昔、自分たち双子のことをそんな風に言っている奴がいたな、などと海斗は急に思い出した。
海斗と空斗は小さい頃はそっくりで見分けもつかず、可愛らしさの中にどこか儚げな美しさがあったため、そのように揶揄した人がいたのだ。
実際、そのたとえは的を射ており万人が納得するだろう。
当時は自分たちがそっくりなことを言われていると思い喜んでいたかもしれないが、今はこの言葉が好きではなかった。
(そういえば、あいつはカキツバタが好きって言ってたよな。)
アヤメもそう変わらないだろうに拓也ははっきりとカキツバタが好きだと言った。
カキツバタを見る拓也の瞳と同じ瞳を見た気がするがどこでだったろうか。
そのときの拓也を思い出し、海斗は何に対してなのか苛立ちを感じた。
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