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第2話 仲間たち

「あら、けーちゃん早いじゃない」 「ママー、聞いてくれよぉ……!」  行きつけのゲイバーのカウンターに前のめりで倒れ込むように座ると、坊主頭で髭の濃いガチムチのママが心配しながら「とりあえずビール飲んで」と一杯出す。ジョッキで一気飲みしたところで、顔馴染みの面々が俺の両隣に座ってきた。 「どうしたんだよ、けーくん。珍しく荒れてんじゃん」  と俺の肩にぽんと軽く手を置いたのは、俺がこの店に来るようになって仲良くなったカズ。イギリスのクォーターで金髪碧眼長身のイケメンだが、初対面でバリタチ宣言した俺に「俺もタチだから友達な」と、初めから友人として接した。 「僕が慰めてあげよっかぁ? けーくんのためなら頑張るし」 「うっせえ、女の格好したやつはタイプじゃねえって言ってるだろ」  マスカラだけでつけまつげをしたかのような睫毛バシバシの、髪の長い化粧をした肩を出したニットワンピース姿の、女の子のような男が肩に頭を乗っけてくる。ゆう、と名乗っているが、本名は勇二郎というらしい。女装趣味のある彼は全くタイプじゃないので、こんな誘いも一種の挨拶のように対応している。 「のろけ話以外ならいくらでも聞いてあげるわよ」  と二杯目のビールを出す。ぐいっと半分くらい飲んだ後、今日の話をする決意をした。 「……七年前、好きだったシゲって奴と会った」 「えっ、それって……けーちゃんがタチになった原因作った子じゃないのっ!」  ママがびっくりしてカウンター越しに身を乗り出す。カズとゆうは「どういうこと?」ときょとんとしている。 「けーちゃん、ほんとはタチじゃないのよ。ただ、そのシゲちゃんのことが忘れられなくて、処女守ってるの。そのためにタチやってるのよね?」  その問いに、小さく頷く。自分のことながら、恥ずかしい。 「マジ? けーくんって遊び人のチンカス野郎だと思ってたんだけど!」 「僕は既に三桁の奴とやってるクズだと思ってた! 健気過ぎるじゃん! ヤバイ、泣ける!」  どさくさに紛れて酷い言われようだが、まあ事実なので言い返す気力もないし流すことにした。 「でも、どうして急に会ったの? 地元にも帰ってないんでしょ?」 「……店に新人で入ることになって、偶然……」  本当にそんなことがあるものなのだ。こっちに出てきていることも知らなかったし、美容師になっているなんて全く予想していなかった。当時、卒業後の進路は何も考えていないようだったから。 「それでけーくんまともに仕事できるの? ってかできたの? 大丈夫?」  俯き加減の俺にカズが顔を覗き込みながら、心配そうに聞く。 「それよりも……シングルファーザーって単語の衝撃がハンパないんだよ……」 「えっ、バツイチ子持ち? ってかノンケなの? そんなのに何で片想い続行中なのかワケわかんなーい!」  ゆうが呆れ顔で持っていたジンウォッカを飲んで溜め息を吐いた。  そう、それは言う通り。靡くわけもない相手のことを想い続けることがどれほど馬鹿らしいことなのか、それは自分が一番よくわかっている。でも、分かっているのに忘れられないのは、あの日の茜色の空が瞼の裏に焼き付いて消えないからなのだ。 「そのシゲって奴、そんなに良い男なの?」 「……女とっかえひっかえして、しょっちゅう喧嘩してるヤンキー」 「クズじゃん!」  カズとゆうが同時に声に出す。が、言った後じっと俺の顔を両側から覗き込んできた。 「まさか、けーくんって……」 「その人の真似してる……?」  頭を抱えながら、「うるせえ」と言うと「そんなのアリー?」と二人で大声を出す。肯定していないのに、と思ったが、否定もしていないのだ。ちょうど俺達しかいない時で良かったというぐらいの二人の騒ぎように、ママが「まあけーちゃんも色々あるのよ」と吸っていた煙草の火を消す。 「ね、その話もっと聞いたらダメ?」  猫撫で声でゆうが身を乗り出す。恋バナはこいつの大好物なのだ。 「俺も気になるなー」  と、カズが珍しくこのての話に乗ってきたので――基本的に男の趣味が違うから、互いに話さない――、残りのビールを飲み干して無言で二人に見えるように空になったグラスを掲げる。 「ママ、ビール!」 「カズくんと割り勘ね!」  わかってるな、と差し出された泡立つビールを片手に、酒の肴にしてはしょっぱすぎる昔話を始めることにした。

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