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取り引き1
「おい、聞いたか。6番房の奴、看守とやったらしいぞ」
昼食時のことだった。ルエルの右隣に座って飯を掻き込んでいた男が、大きな声を張り上げる。
食事中にする話でもなかろうに、その男の周囲では揃って下品な笑い声が上がった。寧ろルエルのように顔色一つ変えない方が異常だと言わんばかりに。
「おいおい、マジかよ。そいつ死刑日が決まっているんだろう?冥土の土産にってか。俺ならせめて美人なねーちゃんを頼むなあ」
「面さえよければいいってものじゃないけど、やっぱこれだけ野郎だらけの空間にいたら感覚がおかしくなるよな」
「なんだよお前、そっちもいける口か?だったらそこでお綺麗な顔で澄ましている奴なんかどうだ?犯してみろよ。案外どっぷりはまったりしてな」
男たちの視線がルエルに集中し、役者のような美貌を舐めるように品定めし始めた。
見張り役の看守に筒抜けだが、規則とやらを破るまでには至っていないらしく、看過されている。
それは対象がルエルだからというのもあるのかもしれない。これまでも軽口程度にルエルを晒し者にした輩はいたが、どこまでも相手にしないルエルの様子に興醒めするのが常だったのだ。
しかし、その日に限ってはいつもと勝手が違った。
「なあ、あんた声が出ないってのは本当か?ベッドの上だとすんなり声が出るんじゃねえの」
「………」
右隣の男がずいと顔を近付け、安物の煙草と汗の臭いがきつく漂った。
ルエルが能面のような顔で席を立とうとすると、今度は左隣の男が肩を押さえて強引に座らせる。
「俺たちが治療してやるよ」
げらげらと男たちが馬鹿笑いを響かせる中、ルエルは冷たい眼差しで薄汚れたテーブルのシミを眺めていた。まるで男たちの存在は、このシミ以下だと無言で告げているようにも見える。
すると男たちは笑いを引っ込めて、ルエルを引っ張り上げて立たせる。
「ちょっとこっち来いや。黙ってろよ」
男の一人が囁き、馴れ馴れしくルエルの腰に手を回す。それを囲い込むようにして他の男たちも動き出した。
そこでようやく見張りの看守が声をかけてくる。
「おい、お前たちどこに行く。勝手な行動はするな」
「ちょっとこいつの具合が悪いっていうんで、医務室に連れて行くところですよ」
ルエルを指さして男の一人がそう言うと、看守は怪訝そうにした。
「それなら大勢で行く必要はない。一人でいい。そうでなければ私が連れて行く」
「へえへえ、分かりましたよ」
ルエルを支えた男が他の男に目配せすると、舌打ちする音が上がった。しかし渋々引き下がったので、看守も納得したようだ。
そのままルエルとその男が連れ立って向かったのは、無論医務室などではない。ずらりと並んだ牢屋の先、警備が手薄な場所を探して歩いて行く。
男はともかく、ルエルは死刑囚なので、行動も大幅に制限されており、実はこうして自由に歩くこと自体が規則に反するのだが、わざわざそれを男に伝える義理もなかった。
振り解くのも面倒に思ったのか、ルエルが男に腰を掴ませたまま歩いていると、食事から帰って来ていた囚人たちから野次が飛んで来た。どれもこれも似たような類の下卑た言葉で、耳障りな音だったが、ルエルはそれにも何も感じないのか、相変わらず表情を一切変えない。
そんな中、囚人の一人がルエルたちに向かって歩いてきた。囚人服以外は禁止されているにも関わらず、その人物は頭をすっぽりと覆い隠したフードを被っており、顔が判別できない。
そして垢にまみれた囚人の中で妙に清潔感の漂う空気があり、それが異様さに磨きをかけていた。ルエルが思わず足を止めると、男もその囚人が気になったのか、文句も言わずに同様に足を止めた。
「あんた、見ない顔だな」
男がその囚人に話しかけると、囚人は肩を竦めた。
「隠しているから見えないだろうがね。俺の顔が見たいか?たぶん一生悪夢にうなされ続けることを保証するよ」
「冗談はいい。何か用があるんだろう」
恐らく冗談のつもりではないに違いないが、男が急かすように言うと、囚人は軽い口ぶりで言った。
「お仲間の裏切りは放っておいていいのかな?懲罰房行きになるかもしれないよ。ルニーちゃん」
「その名で呼ぶんじゃねえ!」
「さあさ、行った行った。怒ってる暇があったら、看守様の靴でも舐めてご機嫌取りした方がよほど有意義だよ」
男は唾を吐きながらも、顔色を悪くして立ち去った。
後に残されたルエルが黙って囚人を見つめると、囚人はルエルの方に近付いてきて囁いた。
「深夜二時、あんたの独居房で」
それだけ言うと、囚人は奇妙な動きでゆらゆらと体を動かしながら消えた。その方向を睨みながら、ルエルの表情に初めて意思が生まれた。興味、好奇心といったものだ。
深夜二時に何かが起こる。それを確信したルエルの足取りは、いつになく軽かった。
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