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取り引き2

 巡回する看守の足音が定期的に近付いては遠ざかる。  月明かりに薄ぼんやりと浮かび上がった独房の中で、ルエルは清潔とは言いがたい毛布の臭いを嗅ぎながら、その時を待つ。  囚人のようなあの人物が、ただの囚人ではないことは明らかだが、一体どうやって夜中にルエルの部屋に侵入するのか見ものだった。罪人として捕らえられて以来、ろくに眠れた試しがないが、今夜は別の意味で目が冴えている。  看守が何度ルエルの独房を通り過ぎた頃だろうか。看守の交代か、もしくは休憩にでも入ったのか、唐突に静寂が訪れた。  その時、独房の前に人の気配が立った気がして、目を凝らす。すると、ごく自然に鍵が開いて囚人、いや、看守が入ってきた。  咄嗟に狸寝入りを決め込むと、看守はルエルの上に覆い被さってきて。 「お迎えに上がりましたよ、ルエル坊っちゃん」  執事そっくりな声にぎょっとして目を開くと、あの囚人が今度は看守の姿で笑っていた。相変わらず顔は隠したまま。 「なーんてね。迎えというより取り引きと言った方が正しいかな」 「取り引き?」 「そうそう。あ、先に自己紹介を。私は罪人コレクターのAとでも言っておきましょう。アッシュでもアレクでもお好きにお呼びください」  それは名乗ったことにならないだろうと口にしかけて、ルエルは自分がAにつられて自然と言葉を発していることに気が付いた。  本当に口が利けなかったのではなく、そうすれば都合がよかったからということを今更思い出す。 「罪人コレクターとは何だ。こうして罪人と取り引きして脱獄の手引きでもするのか。そして、その後はお前の奴隷といったところか」 「流石。話が早くて助かります。しかし一部訂正させていただくと、私はあくまでも取り引きを行い、集めた罪人を買い手に売り飛ばす役です。奴隷というより、商売道具といった方が正しいですね」 「人身売買、いや、罪人売買か。今更違法行為だ何だと言うつもりはないが、取り引きを持ち出すということは、俺は死刑日が決定したということか」 「ご名答。いやあ、噂では聞いていましたが、実に賢くていらっしゃる。おかげで手間が省けました。それで、いかがなさいますか?ちなみに明日、看守があなたに死刑執行日を伝えに来るみたいです。精々一週間くらいは猶予があるかもしれませんが」  つまりは、死ぬか誰かに飼われて生き地獄を味わってでも生き延びるかという究極の二択だということだ。普通の感覚であれば、生きるためなら喜んでと言うところだろうが、大してこの命に執着していないルエルは言った。 「面白い。死ぬ前にどんな地獄が味わえるか楽しみだ。その話、乗った」  賭け事を楽しむギャンブラーのように笑うルエルは、早速Aと脱獄の計画を話し合った。計画というよりも、予定といった方が正しいのかもしれないが。  そして夜が明ける前に難なく牢を脱したルエルは、Aの所有する別の地下牢に移された。結局待遇は同じだが、あくまでも逃げ出さないようにするためであり、命の保証はされているだけましだと言えた。  果たして本当にましかどうかはともかく、その牢で鎖に繋がれたまま、数年が過ぎた。

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