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紅い瞳
硬質な黒塗りのタイル張りの部屋は一見すると浴室のようだが、そうではない証拠に浴槽やシャワーといった物はない。代わりに置かれているのは用を足すためのトイレが一つだけである。
そして違和感を覚えるほど大きな鏡が備え付けられており、異様な雰囲気を作り出している。
まるで入れられた者が四六時中気が狂うほど自分の姿ばかりを映して見なくてはならないということを考えたかのように、あえて取り付けたのだろうかと思われる。
そしてその決して広くもなく、快適とは言い難い空間に男が繋がれている。壁から鎖が伸び、両手首をまとめて括られている有り様は何かの罪を犯した罪人だと誰もが思うだろう。
男の顔は伏せられていて、鉄柵の向こう側からでも窺い知ることは出来ないのだが、不意に何かの音を聞きつけたのか、僅かに目だけを上げてみせた。その瞳に光が宿り、耳を澄ませて何かを待っているようだ。
するとほどなくして、固い床を踏みしめる足音が近づいてきた。続いて、暗闇に慣れた者には眩しすぎるほどの明かりが向けられる。
男は睨み付けるようにその明かりの先を眺めていると、やがて目が慣れたのか相手の姿が見えるようになったようだ。険しい目元を微かに和らげてみせ、ランタンを手にした男が下卑た笑みを浮かべながら隣の若い男に話しかけている様を眺める。
若い男は目が合った途端、一瞬ぎくりとしたように体を強張らせたが、目を逸らさずに見返してきた。その様子にランタンを翳した方が目敏く気づいて笑みを深める。
「彼をご所望ですか?旦那様はお目が高いですね」
旦那様と呼ばれた方の男は、よく見ればその呼び名に相応しく高貴な出で立ちをしていた。その高貴な男が、もう片方に問いかける。
「彼は、名を何という」
「ルエル・ローランドです」
「ローランド一家は私もよく知っている。あそこは昔、栄えたそうじゃないか」
「ええ、しかしご存知かと思いますが、ローランド家はあの事件以来、今はもう」
ルエルと呼ばれた男が身動ぐと、繋がれた鎖が擦れて耳障りな金属音を立てた。聞きたくないものでも耳にしたというように、高貴な男は顔をしかめてみせる。それでも、縫い止められたようにルエルに視線を当てたままだ。
「いくらだ」
「はい?」
「いくらでも払う」
ランタンを持った男と、高貴な男のいくらか金銭的やり取りをする話が交わされた後、重厚な錠前が外される。
ルエルは二人が足を踏み入れた途端、まるで楽しいショーでも始まったように口許に笑みをたたえていた。ランタンの光よりもより一層赤々と燃える目をしながら。
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