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もがき苦しむ男1
ルエルは男に連れられて数年ぶりに地上に出た。寒々しい空気さえもどこまでも澄み切っていて、肺の中に閉じ込めるように吸い込んだ。
昼間だとルエルの存在は悪目立ちするということで、時間の感覚はとうに狂っているのだが、恐らく深夜の時間帯に男の車に乗り込んだ。
罪人を買い取るくらいだからその道のプロかとも思ったが、男の身なりや車の様子、そして何よりも風貌から、まるきり裏稼業とは無縁の単なる金持ちのようにしか見えない。
ルエルが値踏みするようにじろじろと眺めているのに気が付いたのか、男は車を発進させながら話しかけてきた。
「その手錠、屋敷についたら取ってあげるよ。僕はエドウィン・ジョーカー。君は見たところ、僕より年下みたいだね」
「………」
ルエルは返事も反応もせずに流れゆく街並みに視線を移した。深夜ということもあって、ほとんどの家が明かりもなく、寝静まっている。
車内に満ちる沈黙に耐えられなくなったのか、それとも罪人と密室に二人という状況が苦痛なのか、エドウィンは落ち着きなくラジオをつけた。しかし、あいにく時間が時間なだけに、流れてくるのは下世話な猥談ばかりである。
ルエルが観察するようにエドウィンを見やると、顔を赤らめて慌てふためき、ラジオを消していた。普通は顔色など窺えない暗さなのだが、長い間明かりとは無縁だったせいか、夜目が効いてはっきりと見てしまった。
それに毒気を抜かれたルエルは、エドウィンに気付かれないように声を殺して噴き出した。すっかり声が出ない役を演じるのが癖になっており、声を出したところで人を観察することに支障はないのだが、まだそのふりをして楽しみたい。
「ねえ、今笑った?」
意外と目敏いという収穫を得た。
「笑ったのはこの口か?」
素知らぬふりを決めていると、信号で停止した隙にエドウィンの手が顔に伸びてきた。恐らく頬をつまむつもりなのだろう。
それをほんの思いつきで口をずらし、唇を押し当ててみたところ。
「………っ」
まるで生娘のように飛びずさり、真っ赤な顔のまま車を急発進させた。
無論、信号はまだ赤だった。
胸の内で笑いを噛み殺しながら、エドウィンの純情っぷりに困惑する気持ちも生まれる。期待していたとも言える地獄のような日々どころか、日の下で真っ当な生活を送らされる自分を想像してしまった。
今更、そんな日々を送りたいとは露ほども思わないというのに。
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