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もがき苦しむ男2
到着と同時に真っ先に目についたのが、まるで記憶を再現したように聳える門扉。デザインまで酷似していた気がしたが、じっくり見る間もなく自動で開かれ、広々とした庭園に入り込んだ。
巨大迷路のような遊び心を生かした道が続いたかと思えば、セキュリティも万全なゲートがいくつも重なった。迷路もそうだが、これでは侵入も脱走も容易ではないだろう。よもやルエルの存在を見越して作られたわけではないだろうが。
そのセキュリティを解除する様子を眺めているうちに、屋敷の威風堂々たる姿が突如として現れた。一般人が立ち入れない禁則地のような場所にあるだけあって、それはルエルでさえ僅かに目を見張るほど巨大だった。一介の成金風情のローランド家など足元にも及ばないほどだ。
「お帰りなさいませ」
「カーライル、車を頼む」
豪邸の中から出てきた黒服の男に対して、エドウィンが指示を出す。カーライルと呼ばれた男は、ルエルの屋敷にかつていた執事よりも遥かに若く、主人と年が大して変わらないように思えた。
エドウィンとは対照的な冷たい印象を与える目が、さっとルエルの姿を眺めた。ルエルとは別の意味で表情に乏しく、冷淡な仕事人間という印象を与える。
「そちらの方は」
「カーライルの予想通りだ。あいつが勝手に仕組んだことだが、タイミング悪く僕の時にその役回りが回ってきたみたいだ。全く、あいつの考えることはよく分からないよ」
「では、事前にコレクターとの契約は済ませてあったと」
「うん。あの手の輩と関わるのは、あいつだけにしてほしいよ。僕は昼の人間だからね。たぶん奴も今回限りにするとは思うけど」
隠語が多いだけに、暗号じみた会話になっている。あいつというのが誰のことか分からないが、その人物によりエドウィンは不本意ながらにルエルを買い取ることになったらしい。
牢でルエルに目を止めた時の様子を思い出すと、とてもそんなふうには見えなかったのだが。
「では、その方は隠し通す方向ですか?」
「もちろん。あいつはどうするか目に見えているけどね。取りあえず、可愛そうだけれどルエルのことは屋敷に縛り付けるしかないだろうね。少なくとも」
その後の呟きが、潜められていてうまく聞き取れなかった。興味を引かれる内容だが、恐らくルエルには説明してくれないだろう。まるきり外野の立場で傍観することに徹した。
それから仕事仲間のようなやり取りをカーライルと交わした後、エドウィンはルエルを手招きして、玄関に案内した。
「屋敷にはカーライル以外にも執事がいるけど、僕は彼を一番信用しているんだ。仕事の面でもね。だから、僕がいない間に何かがあったらカーライルを頼るといい。それから、一つ約束してほしいんだ」
目線で促すと、エドウィンはルエルの目をちらりとだけ見た後、他所へ視線を逸らして告げた。
「屋敷の中は自由に歩き回っていいが、外には絶対に出ないでほしい。なぜ僕がこう言うか、君はよく分かっているだろうけど、外は危険だからね。いいね?」
返事は期待していないだろうが、ルエルは首肯し、ようやく反応らしい反応を示した。もっとも、エドウィンはルエルの方を見ていなかったので、それは意味をなさなかったのかもしれないが。
「じっくり屋敷を案内したいけれど、今日はもう遅いから、取りあえず君の部屋だけ教えておくよ」
そう言って連れていかれた先は、階段を何段も上った後、更にホテルのようにずらりと並んだ部屋の中でも最も奥に位置する場所だった。途中、屋上に通じると思われる階段も発見したが、星空を見て感動するような気持ちは持ち合わせていないので、今は特に興味もない。
利用するとしたら、この屋敷から脱出する時くらいか。
「部屋の中の物は勝手に使っていいから。と言っても、特にないと思うけど。じゃあ、僕はこれで」
まるで逃げるようにいそいそと出て行きかけるエドウィンに、まだ手錠を外してもらっていないことを伝えるべきか迷ったが、結局何も言わないことにした。
別の意味で特殊な性癖は自覚しているのだが、別に縛られて喜んでいるわけではない。ただ、多少不便なくらいがちょうどよかった。
エドウィンが出て行って静かになると、ドアを施錠し、部屋を見渡した。無駄に広く、手入れが行き届いていて、必要最低限なもの以外は何もない。
天蓋付きベッドなど、反吐が出るほど寝心地が良さそうで、そこで寝る気にもならなかった。数年間の生活で染みついた習慣か、床の硬さの方がよほど体に馴染んだので、ドアに持たれて座り込み、そのまま瞼を閉じた。
少しも眠気はなかったが、浅い眠りに落ちながら、眠っては起きてを繰り返しているうちに夜明けが訪れる。地下牢や刑務所の方がよほど記憶にこびりついているというのに、平穏で退屈な幼少期の夢ばかりを見た。
そこで、見知らぬ少年が出てきて、ルエルに笑いかけてきた。
そんな友人がいた覚えはない。どこかエドウィンに似ていると思った時、ドアをノックする音で目が覚めた。
「カーライルです。ドアを開けてください」
立ち上がり、素早く開錠すると、カーライルは失礼と断わって部屋に入って来た。何をするかと思えば、部屋を見渡してベッドやバスルームを点検し、使用された形跡がないことに気が付いたのか、眉間にしわを寄せて溜息をついた。
「ベッドがお気に召さないのならそれで構いません。ですが、せめてシャワーを……」
そこでルエルの手首にはまった物に目が留まり、考える素振りをして部屋を出て行った。
手錠は敢えて外してもらわなかったのだが、それをわざわざ伝えるつもりもない。まだ口を利かないで様子を伺いたかった。
しばらく手持ち無沙汰に部屋をうろついていると、足音荒く誰かが廊下を歩いて来た。
「何で言ってくれなかったんだ」
ドアを開け放って早々、飛び込んできたエドウィンに怒鳴られる。何のことかと一瞬呆気にとられていると、エドウィンは軽くウェーブした見事な金髪の毛先を弄りながら咳払いした。
「いや、すまない。君は責められることはしていない。僕が気付かなかったのが悪いんだ。さあ、手を出して」
ここで嫌がるのもおかしいかと思い、素直に差し出していると、エドウィンが手錠を外している傍ら、カーライルが仏頂面で頭を押さえていた。
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