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閑話⑫

「もし俺がさあ、『実は統二に抱かれたことある』って言ったら、けーちゃんどうする?」 「…………前条さん、僕いま挿れたところなんですけど」 「ん? 心配すんなよ、わざわざ申告しなくても分からないほどじゃない」  別に何の心配もしてませんけど? 何の心配したと思ったんですか? しかも今『分かる程度』みたいな扱いしました?  先の質問よりもその言葉の方がよほど萎えてしまいそうだったが、えっちな前条さんのことを考えてなんとか持ちこたえた。何故恋人とえっちなことをしているのにえっちな恋人の妄想をして場をしのがなければならないのだろう。  虚無感に襲われつつ緩く腰を揺すると、前条さんは微かに声を漏らしつつも、再び質問を口にした。 「なあ、どうするか教えてくれよ」 「何がですか?」 「やっぱりやめる?」 「何をですか?」 「俺のこと抱くの」  ちょっとこの人黙らないかな、と思って軽く口付けてみたり手を握って甘やかしてみたりしたのだけれど、前条さんの煩い口は閉じる気配もなかった。  晒された顔に不安げな色の一つもあれば、僕だって真剣に答えただろう。だが、僕の困った奥さんの顔には興がる気配しかなかった。面白半分に地雷まみれの質問を投げるんじゃない、全く。  僕の脇腹の辺りを撫であげてくる手を叩き落とす。意識せずとも、深い溜息が零れ出た。 「それ、聞いてどうするんですか」 「別にどうもしないけど」 「せめて突っ込んでない時に言って下さいよ」 「今だから良いんだろ」  何一つ良くない。具体的に言えば今どうしようもなく動きたいのが良くない。『それ』以外考えてない時になんて質問ぶつけてくるんですか。 「俺はやだなあ、統二が抱いた奴抱くの」 「……僕は抱きますけどね」  薄ら笑いで何事かを言いかけた口を、唇で塞ぐ。くぐもった気味の悪い鼻歌が響いた。  心の底から言ってるから腹立たしいんだよな、この人。大体、ベッドの上で他の男の話をするのってかなり失礼だと思う。  苛立ちを押さえ込むように奥歯を噛み締める。もう動いて良いですか? 要するに退屈なんでしょう、そんなくだらないこと話す程度には。  押さえつけようとしてくる足に爪を立てると、笑い声と共に拘束が緩んだ。多分、彼は今、僕を怒らせようとしている。この人、案外酷くされるのが好きだから。困った人だ。  望み通りになるのは癪だと思っているのに、僕の手は、苛立ち任せに緩く立ち上がった前条さんのものへと伸びていた。彼のそれは達することはないものの、快感の波はある。後ろと同時に責められるのが好きだと把握する程度には、体を重ねることにも慣れてきていた。  そして、多分、その慣れが、今回の軽口に繋がったのだ。 「――――っていうかですね、僕がそれで『やめます』って言ったら一体アンタどうするつもりなんですか」 「んん? そうだなあ、……ふふっ」 「…………何笑ってんですか」 「いや、この間の、腕相撲がさあ、……」  隣に寝転んだ前条さんが、僕を腕の中に抱え込んだまま楽しげに笑った。笑いが、体の震えを通じて伝わってくる。  何ですって? この間? ……腕相撲?  この前、ボードゲーム以外の遊びをしたい、と言われて色々試した中で腕相撲をしてみたことがある。結果なんてやる前から分かりきっていたが、何だかんだと乗せられてしまった訳だ。  多分瞬殺だろうな、と思いつつ挑戦した僕の右腕は、結局左腕の助けを借りても前条さんの右腕一本にさっぱり歯が立たなかった。予想よりも更に情けない結果に、流石に涙が滲んだのだが――――その『腕相撲』が今の話とどんな関係が…………、ちょっと待て。アンタまさか! 「ぼ、僕が抵抗できないのを良いことに無理矢理する気じゃないでしょうね!?」 「しないよ。出来るけど――出来るだろうなあ、とは思ったけどな。今さ、ちょっと考えてはみたんだよ、ふふ、いや、アレは本当……だって、ビクともしねえの、俺が。笑っちゃうよな」 「…………悪かったですね、貧弱もやし野郎で」  むすくれる僕に、前条さんは頭を撫でながら、堪えきれない笑い混じりに「可愛いね」などとほざいた。うるさい。ばか。最近は筋トレだってしてるんですからね。 「ベッドの上の無理強いはされる方が好きだからなあ、俺」 「……知ってますけど、されたくてしてるのは無理強いって言わないんじゃないですか」  呆れる僕に、前条さんはなんとも楽しげに喉を鳴らして笑った。

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