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後日談:お酒の話【R-18】

「けーちゃんの誕生日にプレゼントあげようと思うんだけどさあ、何が良いと思う?」 「適当に『俺がプレゼント♡』とか言っとけよ」 「それはあげる前提として、他に何贈ろうかなって話だよ」 「知らねーよ、俺に聞くなや」  呼び出したかと思えばくだらない話しやがって、みたいな顔で席を立とうとしたしおんちゃんの足を踏む。爪先に軽く力を込めると、腰を上げかけていたしおんちゃんは渋々と言った顔で座り直した。  狭い居酒屋だが、入り口からは一番遠い席だ。ここから俺を振り切って逃げることで起こる面倒と、このまま俺の話を聞くことで起こる面倒なら、しおんちゃんは後者を選ぶ。  諦念を隠すことなくうんざりとした様子で片手を上げて店員を呼んだしおんちゃんは、生ビールと適当なつまみを頼むと、至極嫌そうな顔で「で?」と続きを促した。 「けーちゃんって何貰ったら嬉しいのかな」 「お前そんだけ『けーちゃん大好き』な癖にあいつが何貰ったら嬉しいかも分かんねえの? 素直にヤバくね?」 「まあヤバいだろうけど、でも実際けーちゃんって難しいんだよ。高い物あげるとビビって使わないし、ご飯作ってあげるって言っても微妙な顔するし。分かりやすく喜ぶのがエロいことだけなのはあいつが悪くない?」 「…………それは確かに、そーかもな」  運ばれてきた小鉢から長芋を摘まみつつ力無くぼやくと、ジョッキに口をつけたしおんちゃんは、やや真面目な顔で頷いてみせた。どうやら俺の悩み具合を正しく察したらしい。  どうせいつもの悪ふざけや嫌がらせで呼ばれたと思っていたんだろうが、これで案外真剣な悩みなのである。  現在五月十日。けーちゃんの二十歳の誕生日まで残り十日だ。節目の誕生日を祝うのに悩むにしても少し遅すぎる気がするが、ここまで悩んで、結局頼るところがしおんちゃんしか出てこない程度には難しい問題だった。  そもそもけーちゃんは物欲に乏しい。お金が欲しい、というのも生活の為で、得た金で豪遊したいだとか高級品を買いたいとかも無い。身の回りの物は大抵程々に安い代物で、たまに『安くて良いもの(大抵は野菜)』を買えた時にはドヤ顔で自慢してくる。馬鹿で可愛いと思う。ただ、誕生日に安くて良い野菜を贈るのはどう考えても間違いだろうし、そもそも俺には安くて良い野菜なんてよく分からないから贈りようがない。  他に欲しそうなものと言えば、街で見かけたカプセルトイの変なキーホルダーとかだし。もう大人だからそんなの興味ありません、みたいな態度でいるけどたまに分かりやすく欲しそうにしている。性根が小学生から成長している気がしないんだけど、あいつもうすぐ二十歳だよな? 「このままだとプレゼントがスライムで出来たモアイになっちゃうんだよ、なんかアイデア出してくんない?」 「アイデアっつわれてもなあ、俺だって別に櫛宮と仲良い訳じゃねえし。……あれだ、元カノに聞きゃ良いんじゃねえの? どうせ連絡先知ってんだろ」 「綾音ちゃん今海外だし、それにけーちゃんと付き合ってた時のことももう曖昧っぽいんだよな。ほら、砂上の後遺症でさ」 「あー……そりゃそうか」  保ってた方が奇跡みたいなもんだったしな、と特に感情の乗らない声で呟いたしおんちゃんは、言葉を続けなくても済む理由づけとしてジョッキに口をつけると、半分ほど飲んだ辺りで店員を呼んで追加の焼き鳥を頼んだ。 「心配しなくても本人は至って元気そうだったよ。最後に会った時も明るかったし、適当に旅とかしてみるんだって」 「あっそう。興味ねーな」 「まあこれ全部嘘だからあのあと綾音ちゃん精神崩壊して死んじゃったんだけどね」 「…………」 「っていう嘘なんだけど、面白かった?」 「お前マジで死んだ方がいいからな。死んで生き返って死ね」 「定義としてはもう死んでるけど」  耐え難い汚物を見るように目を細めたしおんちゃんが、俺の答えに視線を天井へと上げる。そういやそうだったな、とでも言いたげに気の抜けた様子で開かれた口は、そのまま何を言うでもなくつくね串を含んで咀嚼し始めた。 「鞄でもやればいいんじゃねえの? あいつ薄汚れたダセェ鞄ずっと使ってんだろ」 「あ、もうこの話終わりなんだ」 「続けたら帰る。興味もねークソ女の話題で俺の貴重な時間を奪ってんじゃねえぞ」 「しおんちゃんにもお礼伝えといて、って言われたよ。これは本当」 「あとあれだ、財布とかくれてやれよ。靴でも服でもなんでもいいだろ、揃いで買っといて『お揃いだね♡』とか言っときゃアホ面で喜ぶんじゃねーの、アホだから」  一息に言い切ったしおんちゃんは、俺が何か言うよりも先にテーブルにジョッキを叩き付けると、今日一番に嫌そうな顔で生ビールのおかわりを頼んだ。別に、しおんちゃんが誰を心配しようが誰を気に掛けようが気にしないし馬鹿にしないのにね。  『俺は此処に触れられるのが嫌だ』とあまりにも分かりやすく示されると突いてしまいたくなる。絶対に押さないで下さい、と書かれたボタンが部屋のど真ん中にあったら誰だって気になるだろう。黙れ、と全身で示してくる様が面白くて笑う俺に、しおんちゃんは概ね害虫を視認した時と同じ仕草で眉を顰めた。目を離した瞬間に飛んでくるかもしれないが、今この場にこいつを滅する手段がない、という嫌な緊張が滲んだ視線だ。  暇な時なら害虫として飛びかかってやってもいいんだけど、一応、急ぎの用件だしな、と流すことに決める。 「財布とか服とか、いつでもあげられるじゃん。二十歳のお祝いに何か特別なことがしたいんだよね。二十歳って、なんか特別におめでたいんでしょ?」 「めでたいかあ? 二十歳なんざ酒とタバコが合法になるくらいでなんも特別なこと…………あー、それだ」 「どれ?」 「一緒に酒でも飲んでやりゃいいだろ。そんで適当に『酔っちゃった♡』とか言ってろ」 「えー、結局俺がプレゼントじゃん」 「いーんだよ、シチュエーションが普段と違えば特別感出んだから。どーせあいつはこういうの好きだろ。いつも押せ押せで来るお前がしおらしくなってんのとか、マジで、ど〜せ好きだぜ、あいつ」  案としては微妙な気がしたが、確かに好きだろうな、とは思った。いつもと違うノリでやってみるのも思い出の一つとしてはいいかもな。  うーん、でも誕生日の祝いに出てくるのが酒飲んだ上でのイメージプレイだけって、流石に酷い気がしないか。それが一番喜ぶんだろうな、ってところが特に酷い。  ただ、けーちゃんは基本好意の上で贈られたものならそれだけで嬉しいタイプだから、その一段上を行こうとするとどうしても肉体的な接触になる。素直な贈り物なら本当に『なんでも嬉しい』タイプだ。俺はその『なんでも』にはなりたくないから、とにかく一段上のことをする必要がある。イメージプレイとかね。俺も楽しいから良いけどさ。 「結局行き着くところが此処しかないなら相談する意味なかったなあ、時間無駄にしちゃった」 「百パーセント俺が言うべきセリフをお前が吐くな」 「しおんちゃんはいいじゃん、話聞いただけでタダ酒飲めるんだから。俺が得たもの皆無だからね」 「は? 奢りか?」 「どうせ財布持ってきてないだろ」 「奢りなのか?」 「はいはい奢りだよ」 「馬刺し盛り合わせ! と! このトリュフなんちゃらのステーキ!」  突然活きが良くなったな。会計時に突き放して置いて帰ったらどうなるんだろう。  胸に湧く悪い好奇心をぼんやりと払って、ついでに日本酒を適当に頼む。何かを察知したらしいしおんちゃんから警戒の視線が飛んできたので、とりあえず「今日はしないよ」とだけ言っておいた。    ◇◆◇  酒を飲んだ上でのイメージプレイ、という案自体は悪くなかった。けーちゃんの好みにも合っているだろうし、良い思い出にもなる。俺も楽しい。そんな良いこと尽くめの案だったが、残念なことに開始一時間で『失策』と化した。原因は分かり切っている。  けーちゃんがどの程度酒に強いか、少しも考慮していなかったせいだ。多分強くは無いだろうなあ、と勝手に思っていた。けれども、俺が酔うフリをする暇も無く酔い潰れるのはいくらなんでも早すぎる。まだ二缶しか空けてないんだけど。  二十歳のお祝いに一緒にお酒でも飲もうよ、と誘ったのが今から一時間前。けーちゃんの家に向かう道すがらコンビニで酒を買い込んで、アパートに辿り着いたのが四十五分前。そこからツマミを用意して、ビールに挑戦して二口で諦めたけーちゃんは、並んだ缶の中から甘い酒ばかり二つ選んで、二缶目の八割を飲んだ辺りでふにゃふにゃに溶けてベッドにもたれ掛かった。  くにゃんと倒れて動かなくなったけーちゃんの頬をつっつく。おい、マジかよ。俺まだ酔いのよの字もないんだけど。どうすればいいんだよ。 「けーちゃん、酔うの早くない?」 「……すいません、なんか、なんですかね、そんな、そんな弱いつもりなかったんですけど、ぼくよわいれすか?」 「大分弱いね、弱々だよ」 「そうれすか……」  あ、しょんぼりしちゃった。別に落ち込ませたかった訳じゃないんだけど。酒に弱いかどうかなんて人生で然程重要でもないよ、元気出せって。  『弱い』という点で多少悩みがちな節があるけーちゃんは、ベットの縁に顔を埋めてもにゃもにゃ唸り出してしまった。眼鏡外した方がいいんじゃない? 押し付けてるから壊れちゃいそうだし、顔にも跡がつくだろ。  宥めるように頭を撫でて、顔を此方側に向けさせる。目をしょぼしょぼさせているけーちゃんから眼鏡を取って、座卓の上に置いておいた。 「ぜんじょおさんがみえません……」 「そりゃ眼鏡取ったからな」 「みえない……」 「はいはい見たいのな、ほーら前条さんだよー」  唸るどころかぐずり出したので、適当に脇の下から抱え上げて膝に乗せてみた。溶けた身体が引きずられて、くてんくてんのまま俺の膝に乗る。むにゃもにゃ言っているけーちゃんは俺の首筋に顔を寄せると、そのままもむもむ言いながら何故か匂いを嗅ぎ出した。なんで?  ていうか、そこからだと前条さん見えなくないか? 見たくてぐずってたんじゃないの? 「んー、けーちゃん?」 「うい」 「何してんの?」 「かいでる」 「……ああそう」 「いいにおいがします」 「…………ああそう」  完全に酔っ払いの言動だった。理屈を求めても仕方ない類のやつ。  嗅ぐついでに何故か齧り始めてきたけーちゃんの背中を軽くあやすように撫でる。あんま齧らない方がいいよ、皮膚とか食い破ったら良くないだろうから。  呪いとして働きかけるほどに形が残っているわけではないが、成分としては殆ど変わらない筈だ。あまり口に含んでいいものでもない。  後頭部を撫でつつ、それとなく掴んで引き剥がすと軽く立てられていた歯と肩の間に唾液の糸が伸びた。こいつどんだけ齧ってたんだ。にしても、ここまで舐めて齧ってるのに全然性的な刺激にならないの凄いな。  謎の感心さえ覚えつつ、引き剥がしたけーちゃんの頬を撫でる。物足りないのかもにゃもにゃ口を動かしていたけーちゃんは、酔いに溶けた目で俺を見つめた後、ふにゃりとした笑みを浮かべた。 「ぜんじょおさんだ」 「……前条さんだよ」 「かわいい」 「……そりゃどうも」 「あおぐさん」 「何」 「かわいい」 「………………」  なんなんだろうこいつ。けーちゃんだな。くにゃくにゃに溶けたけーちゃんだ。こいつ何処に骨入ってんだろう。もしかしたら入ってないのかもしれない。  溶けたけーちゃんはそのままくったり俺の腕の中に収まって、「かわいいなあ」なんて笑っている。何がかわいいの? お前?  古くなったビーズ製の抱き枕よりくたんくたんだ。しおんちゃんの家にあるやつ。もしかしたらけーちゃんはビーズで出来てるのかもしれない、なんて思うくらいには体のありとあらゆる場所に力が無かった。  けーちゃんは何が面白いのかくふくふ笑っている。力なんて微塵も入らない両腕が俺の背中に回っている。  このまま溶けて一つになれないかな、と割と真剣に思った。正直俺は他の人間よりは簡単に溶けられるし、けーちゃんもなんか半ば溶けてるから、上手いこと二人して溶けてひとつになれたりしないかな、と少しだけ思った。少しだけど、割と真剣に考えてしまった。まあ、きっとそうなったとして、けーちゃんはあまり喜ばないだろうけど。 「けーちゃん」 「んい」 「えっちしようか」 「します!」  元気がいい。片手どころか両手を上げてるから、相当に元気が良かった。そんなにしたいの? えっち大好きかよ。  普段から馬鹿だけど、酒飲むと輪をかけて馬鹿になるんだなあ、なんて思いながらアホ面に口付ける。即座にセーターの裾から手が入ってくるので、ちょっと笑ってしまった。俺より一回り小さな手のひらは、いつもより更に体温が高い。  息をするのを忘れていたらしいけーちゃんは、唇が離れると同時に水から顔を出したみたいな声を上げて、大きく息を吸った。くらくらします、と呟くけーちゃんがぼんやりした目で俺を見上げる。酸欠と酔いで潤んだ瞳には、呆れを隠しきれない笑みを浮かべる俺が映っていた。 「なんれ笑ってんですか」 「ん? けーちゃんは面白いなあ、と思って」 「……そおやってよゆーぶってられるのもいまのうちですよ!」  どうやら馬鹿にされたとでも思ったらしいけーちゃんは、セーターに突っ込んできた手で俺を指差した。こら、伸びるからやめろ。そっちの太股弄ってる方の手じゃ駄目なのか。 「きょうはぜんじょうさんのことめちゃくちゃにします」 「へえ? 待って、……ふふっ、え? 何? もう一回言って」 「めちゃくちゃだきます、そんで、ぼくがすきって、そういう、そういうふうにします!」 「ん、ふ、フフ、あー、うん、そう、頑張ってね」  そういうってどういう?と聞いてもよかったが、まともな返事は返ってきそうになかったので適当に流すことにした。  膝の上に乗せたけーちゃんが、たくし上げたセーターの中に頭を突っ込んでくる。脱がせようとはしないのは、俺に対する気遣いなんだろうか。単純に酔いのせいで発想がないだけだろうか。分からないが、何方にしろ少々間抜けな格好だった。  潜り込んできた頭が胸元の辺りで止まって、右側の乳首を口に含む。それなりに快楽を拾える程度には使っているけれど、この状況では性感よりも面白さが勝った。見下ろしたセーターの襟元から、けーちゃんの髪の毛が見えている。阿呆すぎる。一生懸命舐めているところも大分阿呆だ。 「ん……、く、ふっ、ふふっ、ふ、ヒッ、やば、」  触れてくる舌の擽ったさと視覚から与えられる面白さで変な笑いが込み上げるのを、口元を押さえて封じ込める。潜り込んだ指がもう片方をやけに的確に弄ってくるのもやたらと面白い。気持ちよさが二割、おかしさが八割で、変な気分になってくる。 「なんれわらってんですか!」 「なんで、って、いや、これは、けーちゃんが悪いだろ」 「わらいどころじゃないんれすよ! ちくびいじってんですよ! ぼくは!」 「うん、そうだね、うん……、くふっ」  がば、とセーターから顔を抜き出したけーちゃんが、ぼさぼさ頭で叫んだ。何故か片手はセーターに突っ込んだままである。しかも俺の胸を弄ったままだ。なんでそっちだけ続行してくるんだよ。やめろ。面白くなっちゃうだろ。  もう駄目だ、失策どころの騒ぎじゃない。完全に酒を理由に記憶から消した方がいい感じになってきていた。酔ったけーちゃんとセックスしてはいけない。教訓だな。  笑いが抑えきれない俺に不満があるのか、けーちゃんは頬を膨らませたまま小さく唸った。不満を伝えるように最後に押してきた指が離れて、すとんと落ちてセーターから抜けていく。 「あれ、やめちゃうの?」 「やめません、めちゃくちゃにします」 「めちゃくちゃに、ハイ、うん、どうぞ?」  どうしても笑い混じりになる俺に、けーちゃんは意を決したように此方のズボンのベルトに手をかけた。 「いっぱいめちゃくちゃにするんですよぼくは! そんで、ぼくが、めちゃくちゃぜんじょうさんをすきってことをですね、すきってことで、すきにするんです!」 「うんうん、そうだね、がんばってね」  うう、と呻いたけーちゃんが単純な作りのベルトに四苦八苦し続けること十秒、何かひらめいたように明るく顔を上げる。 「そうです、ぜんじょーさんはもっとおさけをのむべきです」 「ん? なんで?」 「ぼくだけよっぱっぱでひきょうだからです」 「よっぱっぱ」 「よっぱです」 「よっぱかあ」  どうやらかなりよっぱのようだった。ジュース同然の酒でどうして此処まで酔えるんだろう。ウイスキーとか飲ませたら死にそうだな。  『卑怯』の意味も分からないけれど、此処まで酔っている人間を相手に自分だけ素面なのもどうかと思って、とりあえず飲みかけのビールの缶に口をつける。一息に飲み干してから、お湯割りが飲みたいなあ、なんて今更思った。もしくは熱燗。  残しておいた所でけーちゃんには処理出来なさそうな度数の缶に手を伸ばす。買った以上は飲もうとしかねないから、適当に飲んでやった方が良いだろう。折角買ったのに捨てるなんて駄目ですよ!とか言うからな、どうせ。  プルタブを開けて、雑に飲み干す。冷えた液体が喉を通る不快感ばかりが先行して、味もくそもあったものじゃなかった。珈琲味だったら良かったのに。なんかそういう酒あったな。空になった缶を適当に転がす。倒れた缶を律儀に立て直したけーちゃんは、不思議そうに首を傾げながら小さく呟いた。 「ぜんじょうさんがのんでるとおいしそうにみえるのに……」 「そう? 俺も別に美味しいと思って飲んでないけど、なんでだろうね」 「おいしくないんですか?」 「うん、別に」 「じゃあ、なんでのむんですか?」 「んー、酔いたいからじゃない?」 「よいましたか?」 「いや、まだ全然」  此処で酔ったフリをすればよかったんじゃないか?と思った時には既に遅かった。判断力が鈍る程度には酔ってるのかもしれない。俺の返答を聞いたけーちゃんが、何処か拗ねたように唇を尖らせる。ご機嫌取りに口づけてやったのに、抵抗するように唇を中に丸め込まれた。 「なんだよ、めちゃくちゃにしてくれるんじゃなかったの?」 「よていではそうです」 「んふ」 「みていです」 「あ、そう」  真面目な顔で言うのでいよいよおかしくなってきた。未定らしい。確定にするにはどうすりゃいいんだろうか、なんて思っていると、けーちゃんの方から口付けてきた。子供みたいな触れ合いだけで離れていくのがどうにも惜しくて、後頭部の髪を指で梳きながら頭を押さえつけた。むん、と講義の声が上がる。むん! ぬん! ゆん! ……うるせえなこいつ。  ややうんざりしながら放すと、涙目のけーちゃんが憤慨の滲む悲鳴を上げた。 「ぜんじょうさんがめちゃくちゃにしてくる!!」 「……そうだよー、めちゃくちゃにするよー」 「こわい……」 「怖くない怖くない」 「こわい……」  あーあ、泣き出しちゃった。ここまで来るといよいよ酔っ払いの介抱でしかない。俺たち何をする予定だったんだっけ? セックスだったような気がする。セックスってこんなんだったっけ。 少し鈍くなった頭でぼんやり考える。  けーちゃんとしたセックスを、俺は実際のところあまり覚えていない。どこをどう弄れば気持ち良くなるのかは知っている。限界まで追い詰めたときの情けなくて可愛い顔も、一生懸命俺を気持ち良くさせようとしてくる必死な顔も、ちゃんと記憶にある。だけれど、どういう訳か、いつも終わった時にはただ、幸せだなあ、という呑気で朧げな感覚しか残らなかった。  けーちゃんとするセックスは、なんだかまるで夢みたいに気持ちいい。特別上手い訳でもないんだけど、俺が特別にけーちゃんを好きだから、特別に気持ち良くなってしまう。これで技巧まで伴っちゃったりした日には、一体どうなってしまうんだろうか。  死ぬかもしれないな、と笑い混じりに思って、抱き殺されるなら最高かもな、と冗談半分に思った。酔ってるのかもしれない。  ただでさえ緩い涙腺が更に緩みきっているのか、けーちゃんの涙は止まる気配もなく溢れ続けている。頬を伝う雫を舌で掬う。酒なんかより余程美味いと思った。喉の奥から漏れた笑い声に反応して、けーちゃんが身体を強張らせる。ああ、違うんだよ。怖がらせたい訳じゃなくてさ。まあ、俺を怖がるけーちゃんは可愛いから好きなんだけど。  俺を怖がって泣くけーちゃんは可愛いし、俺の隣で笑うけーちゃんは可愛いし、俺の言葉で怒るけーちゃんは可愛いし、俺の手で気持ちよくなってるけーちゃんは可愛い。出来たら一生俺のことだけ考えて生きていて欲しいけど、出来ないとは分かっているので望む気は無い。俺は、俺に閉じ込められていないけーちゃんが好きだ。そのままで、頭の天辺から足の爪先まで俺の物になってほしい。ほしいから、した。 「けーちゃんは全部俺のものだから、めちゃくちゃにしても許されるんだよ」  愛おしさをそのままに大事に抱きかかえたけーちゃんを、ベッドに転がす。知らず浮かんだ笑みは自分でも分かる程度には欲に塗れて歪んだ代物で、けーちゃんは転がったままの格好で小さく丸まって、「ひえ……」と震えた声で呟いた。  胸の前で組まれた指が声と同じく震えている。腰を跨ぐようにベッドに膝をつくと、分かりやすい怯えと共にぎゅう、と握り込まれた。力を込めすぎて指先が赤くなっている。美味そうだな、と思った時には、舌先に丸い爪の感触が在った。  けーちゃんの口から間の抜けた声が上がる。組んだ両手の指をなぞるように舌を這わせ、合わさった手のひらの間に指を滑り込ませて解く。未だに頭が追いついていないのか力無く曲がった右手の指を口に含むと、そこでようやく指先がびくりと反応した。 「えっ、ぜ、ぜんじょうさんっ、え、ちょ、えっ!?」  人差し指と中指を唾液を絡ませるように根元まで飲み込んで、緩く吸いながら引き抜く。輪郭を舌先でなぞり、見せつけるように口づける。わざとらしく音を立ててしゃぶりつつ、空いた手で軽く股間を弄ってやれば、けーちゃんのそこは笑えるほど簡単に勃────ってない。 「…………んんっ?」  股間を弄っていた左手が妙な格好で止まる。普段はこの時点で分かりやすい程に硬くなっている筈のそこは、思わず素っ頓狂な声が出る程度には無反応だった。  ぽかん、と開いた口から濡れた指が抜ける。指の腹と唇の間に透明の糸が引いて、すぐに切れた。開いたままの唇の端から、小さな滴がシャツの上に垂れる。ジッパーを下ろす。微妙にリアクションに困る三色ストライプを眺めながら、少しも反応していない股間を確かめる。  もしかして、緊張による勃起不全の再発か? と思うと同時に、床に転がった缶が目に入る。まさか、二本そこそこ飲んだだけで勃たなくなったのか、こいつ。  溜息を零しかけて、なんとなく飲み込んだ。この状態で溜息を落とすのは多分不味いだろう、と頭の片隅が言うので。そもそも、これは俺の作戦ミスだから、けーちゃんに落ち度は無いし。多分。きっと。 「す、しゅ、すみません……」 「ん? 何が?」 「ぼ、ぼく……ぼくのちんこが……役立たずで……」  ほらね、俺がリアクションを取るよりも先に気にしちゃってんじゃん。せっかく拭ってやったのにまた泣き始めたけーちゃんの頭を撫でて宥める。 「いーよ、役立たずにしちゃったの俺なんだから。今度、あー、飲んでないときにしようぜ」  出来る限り優しい声で言ってやったつもりだったけれど、けーちゃんからは鼻を啜る音だけが返ってきた。肯定も否定もない。返す余裕がないのか、と思ったが、きつく閉じられた目と皺の寄った眉間を見るに、『返したくない』というのが正しいんだろう。  でもなあ、続行しようにも元気出そうにないんだよな、こいつ。  指を引っかけた下着をずり下ろし、それとなくちょっかいをかけるも、くったりと収まったまま応える気配もない。これはこれでちょっと可愛いのでしばらく弄っていたい気もするが、あんまり遊ぶと『僕のちんこで遊ばないで下さい!』と怒り始めるので難しいところだ。俺のなんだから遊んでもいいじゃんね。  もうすっかりその気も失せて、小動物でも可愛がる気持ちで弄り始めた俺に、ぬん、だの、うぬ、だの小さく呻いていたけーちゃんが強い勢いで目を開いた。  怒られるかな、なんて思いながら眺める俺を、けーちゃんがさっきまで舐めていた指で差してくる。 「きめました! きょうは前条さんをめちゃくちゃにします!」 「……どうやって? 勃つ気配皆無だけど」  何回目の宣言だよ、と突っ込むのは放棄して、持ち上げていたちんこを軽く突く。ふんにゃりと横たわるそれを下着の中にしまい込んだけーちゃんは、やや気合いを入れた動作で上半身を起こすと、真剣な眼差しを真っ直ぐ俺に向けた。 「今のセックスはひつようけいひではないですよね」 「ん? うん、そうだね」 「つまりかならずしもぜんじょうさんに中出しするひち、ひつようはないです」 「んー、まあ、そうとも言えるな」  俺はして欲しいけど、と言外に滲ませると、伝わったらしいけーちゃんの口からは「ぼくもしたいですけど」となんとも素直な言葉が零れ落ちた。次いで、咳払いが一つ。 「よって、きょうは僕がぜんじょうさんをきもちよくするデーにします」 「前条さんを気持ちよくするデー」 「今日は、ぜんじょうさんが僕でたくさんきもちよくなる日にします」 「いや、聞こえなかった訳でも理解出来なかった訳でもなくてさ」  ひでえネーミングだな、と思っただけでさ、という笑い混じりの俺の言葉は、ぶつかる勢いで口づけてきたけーちゃんの咥内に消えた。アンタに言われたくないです、とでも言いたげな勢いのキスだった。  込み上げる笑いを押さえつけるように舌が絡んでくる。身体を起こしたけーちゃんは半ば縋り付く形で俺に抱きついて、それでいて妙に乱暴な口づけで咥内を荒らして唇を離した。 「お昼にいっかいしたから、あんまりさむくないですよね」 「まあね」 「じゃあ、いまは中出しできなくても、いいですよね」 「よくないけど、良いってことにしてやってもいいよ」 「おっけーです!」  何が?と聞くより早く俺の喉から笑い声が漏れ出た。満面の笑みで何らかのオッケーを出したけーちゃんが、それまで抱きつくように背に回していた手で俺の胸を押す。妙にご機嫌なものだから揶揄い混じりに抵抗する気も失せて、素直に背をベッドに預けた。  頭をぶつけないように位置を調整して倒れ込んだ俺の足の間にけーちゃんが収まる。四苦八苦した挙げ句外せていなかったベルトに手が伸びてきて、更に十秒ほど悪戦苦闘し、「もしかしてカギがかかっている……?」なんて阿呆な台詞と共に外された。何か言葉を返してやりたいけど、笑いが勝って形にならない。 「そーいえばぜんじょうさん、ズボンのチャックが全部ついてるやつあるんですよ、知ってました?」 「ズボンのチャックが全部って何?」 「チャックが全部なんです」 「分かんねえよ、ちゃんと説明して」 「まえからうしろに全部ついてるんです、脱がなくてもいい感じの」 「あー、分かった。すけべな服にだけは異様に詳しいなお前」 「ぜ、ぜんじょうさんが脱がなくてもできたらいいなとおもってしらべたんです! すけべじゃなくて!」 「でも見た時えっちだなあ、って思ったんでしょ?」 「それはもう」  真顔で頷かれたのでとうとう堪えきれなくなった。声を立てて笑い始めた俺に、けーちゃんが真顔のまま「いや、だって、えっちじゃないですか……」と真面目な声で言う。真面目な声で言うなよ。分かったよ、えっちなんだよな。はいはい。  正直に言って、けーちゃんに性的な目で見られるのは嫌いじゃない。むしろ好きだ。安堵と言い換えてもいいかもしれない。けーちゃんが俺をそういう対象として見て、翻弄されてくれることに、素直に安心する。 「なんかまた、へんなことかんがえてるでしょう」 「んん? 下だけ脱ぐのって馬鹿みてえだなって思っただけだよ」  脱がされた服を見やりつつ答えれば、けーちゃんは唇を尖らせながら小さくぼやいた。聞こえなかったけど、言っていることは分かる。「うそつき」。そうだよ、嘘つきだよ。いいじゃん、嘘くらい吐かせろよ。 「じゃあ上もぬぎますか」 「寒いからやだ」 「やっぱり全部ついてるやつひつようですかね」 「かもね」  今度買っておきますね、なんて言いながら流したけーちゃんの指が下着も抜き取る。放られた黒いボクサーパンツを眺めながら、今日の下着には遊びが無かったな、と妙な反省が頭に浮かんだ。  しおらしく振る舞うならあんまりぶっ飛んだ下着じゃない方がいいか、と思ったんだけど、こんな風に失敗するならもう少し遊べば良かった。紐のやつとか。脱がさせた時のけーちゃんの顔が面白いんだよな、あれ。  寒さを誤魔化す為に面白かった時のけーちゃんについて考えていた俺を、少しむすくれた顔のけーちゃんが見下ろす。目の前にいる僕のことを考えて下さい、って顔だ。 「めのまえにいるぼくのことかんがえてください」  口にも出された。なんだか妙に何もかもがおかしくて笑い混じりに頷いた俺に、けーちゃんは大きく鼻を鳴らして、更に深呼吸までしてから、座卓の上に残っていた酎ハイの缶を取った。  ちゃぷん、と残り二割の液体が揺れる音がする。飲み口に唇を当てたけーちゃんは、止めないと不味いかな、の判断をするより早く最後の二割を飲み干した。  小さく唸ったけーちゃんが缶を放る。軽い音を立てて座卓にぶつかり、床に転がった缶が止まる頃、けーちゃんが呟くように口にした。 「きょう、いっぱい好きっていいますね」 「へえ、それは嬉しいな」 「いやって言ってもやめませんから」 「言わないよ」  だってけーちゃんに好きって言って貰えるんだろ? 何処に嫌がる要素があんの?  少しばかり予想外な言葉に軽く目を瞬かせた俺を、酔いで潤んだ瞳が見下ろす。頼りなく、ぼんやりと焦点が定まっていないように見える瞳の奥から、微かに芯を持った熱が覗く。  眼鏡が無いから碌に見えていないだろうに、何故だかいつもより深く、視線が交わっている気がする。 「あおぐさん」 「ん」 「すきです」 「……知ってるよ」  俺も好きだよ、といつものように返そうとして、変に舌が縺れた。缶を放り投げた方の手にいつの間にかローションのボトルが握られている。けーちゃんの手は体温が高くて、でも手の平で温められてもやっぱり冷たいもんは冷たくて、だから俺はいつもとりあえずけーちゃんのを飲んでからがいいなあと思っているんだけど、今日は違うから素直に冷たくて、割と不愉快で、ところでなんでこんなことを考えているんだっけ、と考えて、その頃にはぬるついた指が後ろに入ってた。  あれ、おかしいな。今一瞬、何かが飛んだ気がする。いや、意識は充分はっきりしてるんだけど。飲み過ぎた? そんなはずないよな。 「昂さん」 「ん?」 「また別のことかんがえてますね」 「あー……ちょっと酔っちゃった」 「そうですか」  絶対に納得が行っていない顔で簡単に引き下がるものだから、言動の齟齬に一瞬反応が遅れた。はあ、と酒気を帯びた小さな溜息が聞こえて、同時に中を指の腹が擦る。けーちゃんの指はいつも素直だ。俺が良いと伝えた場所を、こうしてほしいと伝えた通りに撫でる。素直で可愛いと思う。けーちゃんは可愛い。いつだって可愛いけど、でも、なんだろう。今日は、少し可愛くない、気がする。 「ん、ぁ、……はっ、……」 「気持ちいいですか?」 「……ん、うん、いいよ、きもちい、」 「なら良かったです」  ぽそりと聞いてきたけーちゃんが、俺の答えにふにゃりと笑う。あー、やっぱり可愛いじゃん。やってることは俺の尻に指突っ込んで前立腺弄ってる、とかいう可愛さからは大分離れた行為な訳だけど、可愛いものは可愛い。僕、ちゃんとやれてますか?みたいな顔で見てくるの、好きだよ。ちゃんとやれてなくたって好きだから安心しろよ。別に、けーちゃんは寝っ転がってるだけでもいいんだし。  まあ、今日はなんでか俺が寝っ転がってるだけになってるけど。しかもさっきからちょっかいかけようとするとやんわりと断られる。なんだっけ、前条さんを気持ちよくするデーだっけ? 前条さんはけーちゃんに触ってる方が気持ちいんだけどな、そこの気は配ってくんねえんだ? 「は、ぁ…っ、ん、けーちゃん、あの、さ、ちょっと気になった、んだけど」 「はい」 「んん、いれらんねえのに、いじって意味あんの?」 「…………」 「んっ、あ、あ…ッ、おい、こらっ、指で返事すんなっ、わかった、ァッ、も、すきにしろよ、」  この先に挿入という行為が無いなら尻を弄ることに意味はあるんだろうか。俺にとっては無いけれど、けーちゃんにとってはどうなんだろう、というごく単純な問いには、黙って気持ちよくなってください、と指での答えが返ってきた。加えて、期待を帯びた声音の問いかけが続く。 「え、好きにして良いんですか」 「いいよ、好きにしろよ」 「ほんとですか」 「……ほんとだよ」  きらきらした目が真っ直ぐに見つめてくる。やった、と気の抜けた笑みを浮かべたけーちゃんは、さっきまでやんわりと拒絶していた俺の手を催促するみたいに引いて、ちょっと腰上げてください、なんて言い出した。眉を下げて頼むもんだから、なんで、と聞くより先に身体が従ってしまう。  少し持ち上がった腰の下にクッションを突っ込んで高さを変えたけーちゃんが、支えた足の間で身を屈める。  あ、と思った時には、緩く持ち上がっていた股間の先をけーちゃんの口が咥え込んでいた。  好きにしろ、とは言ったけどさ、そっちかよ。使えねえの知ってんだろ。舐めて擦ろうが何も出ねえよ。ただ気持ちいいだけで。 「ぅ、あっ、…ッ、は、……ッ、ん、んッ」  反応はするし、快楽も拾う。ただ、この身体はどう足掻いても子供を作るように出来ていない。死んでる訳だ。人としても、まあ、男としても。死んでいようが生きていようが、俺にとってはどうでもいいから構わないけど。けーちゃんがいればそれでいいよ。あと、そうだな、けーちゃんが楽しいなら、別に、これでもいいけど。  嘘だ。そんなに良くはない。だって出るもんもねえのに快楽だけ拾い続けんだぞ。終わりがねえんだよ。けーちゃんがフェラ下手でよかった。そんなに辛くない。でもあんまり続けて欲しくはない。好きにしろって言ったけど。あくまでも尻の話であって。 「あッ、ぃ、んっ、んぅ、う、あっ、ア、けーちゃ、…ッ、あんま、それ、っひ、ぅ」 「ん、きもひく、ないれすか?」 「きもちい、けど、やだ」 「んぅ……」  一瞬、やめたほうがいいかな、みたいな目で見てきたくせに、けーちゃんは迷った挙げ句にやめることなくしゃぶり続けた。こいつ。今度同じことしてやろうか。今度と言わず今してやろうか。ああ、もう、本当にそれ、やめろって。  べったべたに垂れた唾液が先走りみたいに伝い落ちる。時折歯が当たって、そのたびにちょっと申し訳なさそうに口が離されて、申し訳ないと思ってんならやめりゃいいのに、そろりと伸びてきた舌先が触れて、また温い咥内に包み込まれる。入りきらないから下の方は手で擦られて、だから、出ねえんだって、言ってんのに、物覚え悪いなお前。 「けーちゃ、ん、それ、もう、」 「昂さん」 「な、んだよ」 「すきです」 「あ、あ?」 「すきです」  べたべたのちんこから口を離して早々、甘ったるい声が耳を撫でた。好きですって何が。ちんこが? フェラが? 俺が?  なんだか妙にふわふわする。唾液の代わりに温いローションが垂れてきて、下の方を握り込んでいた手が、さっきまで舐めていた所まで擦り上げ始める。だから、出ないんだよ。聞けよ。人の話聞け。 「ぅあッ、っは、ァ、ん、んんッ、ィ、それ、あ、くそっ、もういいだろ、ッ、出ない、って、っ」 「でも、きもちいんですよね」 「ッ、いい、けどっ、ンっ、あ、っ、ひ、あ、ぁっ」 「だいじょぶです、ちゃんとこっちもするので、ちゃんとイけますよ」  にへ、と笑ったけーちゃんはさっきまでしゃぶるのに夢中でほったらかしになっていた尻の方に手を伸ばした。反射的に蹴り飛ばしそうになって、堪える。なんで堪えたんだか、と自分に呆れるのと同時に、慣れた快感が背を伝った。  きもちいですか、と呑気な声が聞こえる。うるせえ酔っ払い、と返しかけて、口からは喘ぎ声ばかりが出て、そりゃ気持ちいいけど、どうせなら後ろに入ってんのはけーちゃんが良かった、と思った。けーちゃんだけどさ。一応。指じゃなくて、けーちゃんが良いんだよなあ。勃たねえかな、こいつ。  期待を込めて視線を送るも、やっぱりけーちゃんのけーちゃんはさっぱり元気が無かった。本人はやたらご機嫌なので、変にちぐはぐで面白くなってきた。喘ぎ声に笑い声が混じると同時に、窘めるみたいに指が動く。生意気で可愛い。今度泣くまで搾り取ってやろ。 「あっ、ぅ、あっ、あ、ッ、けーちゃ、も、いくっ、いく、からっ、」  前じゃなくて後ろ強くして、と碌に音にもなってない声で頼んだ俺に、けーちゃんの手が片方──俺のちんこ握ってた方──離れて、伸ばした身体を支えるようにベッドに突く。そのままずっこけたら面白いのに、と思ったけど、けーちゃんの唇はちゃんと俺の唇に合わさって、なんだかもうそれだけで幸せで、最後に上手いこと指が動いてたかも覚えてないままイった。  快楽の余韻を吸い上げるみたいに長引いた口づけが終わるタイミングで指が抜かれる。やっぱり上手く覚えてないなあ、なんて思いながらぼんやりとけーちゃんを眺める俺に、けーちゃんはふにゃふにゃの笑顔を浮かべたまま言った。 「昂さん、すきです」 「……知ってるって」 「好きです」 「うん」 「昂さんが僕のこと気持ちよくしてくれなくても、好きですよ」 「…………」 「僕、昂さんのこと気持ちよくするだけで、すごく幸せでした。中でイった時より、あ、いや、それは、やっぱ、一番ですけど、好きですけど、でも、しなくても好きです」 「あ、そう」 「好きですよ」  ラッコの赤ちゃんみたいな体勢で乗っかってるけーちゃんが、俺を見つめたまま繰り返す。ラッコの赤ちゃんのくせに、阿呆面の笑顔のくせに、真っ直ぐに見つめる瞳だけがやたらと真剣だった。ラッコの赤ちゃんのくせに。  貝殻とか持たせたら似合うかな、なんて探しかけた俺の首を、けーちゃんが軽く口づけて固定する。逸らさないで、と視線が言うもんだから、言われたからには、なんというか、なんでか、逸らせなかった。 「好きです」 「……俺も、好きだよ」 「好きなんですよ、僕、昂さんのこと」 「…………やめろよ」 「好きです」  めちゃくちゃだ、と思った。宣言通り、めちゃくちゃになった。心がめちゃくちゃなのに身体はそこまででもないせいで、今すぐ尻に突っ込んで欲しい気分だった。  三色ストライプの股間を弄る。未だに元気が無い。こいつ。なんでこんな酒に弱いんだよ。腹が立ってきた。俺は今すぐ抱いて欲しいのになんでこいつはへたれてんだ。ちんこ勃たせる呪いとかなかったか? 無いか。無かった。   「ちょっと、ひとがまじめな話をしてるときにちんこ揉まないでください」 「じゃあそっちも人がちんこ揉んでる時に真面目な話をしないでください」 「しますよ! だいじなことでしょ!」 「そうかな」 「そうです!」 「そっか」  大事なことらしいので、とりあえずめちゃくちゃキスすることにした。逃げようと暴れるけーちゃんを押さえ付けて唾液流し込んで、舐めて吸って、なんならちょっと囓って、胸を叩いてくる手も握って黙らせて、息継ぎの間だけ与えて、鼻で息しろよ、噛みついて、泣いてもやめずに押し倒し返してキスした。 「ぜっ、ぜんじょうさんがめちゃくちゃにしてくる!!」 「そうだよ、めちゃくちゃにしてやんだよ。覚悟しろよ」 「こわい……」 「怖くてもやめない」 「こ、こわい……!!」  怖いのはお前だよ、の代わりになる言葉が上手く見つからなかったので、とりあえず「好きだよ」とだけ言っておいた。

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