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第4話
◇◇◇
固い花の蕾のようなそこは、男の赤黒く怒張したものによって無惨に散らされた。
慣らしも不十分なまま無理矢理押し開かれたそこは流血し、白いシーツに破瓜の痕跡を刻んだ。
無遠慮に胎内を掻き回され、肇は泣き濡れながら痛みに絶叫する。
「ぐっあああっ、いやだ、いやっ、やああああ」
グチョグチョと腹の中で血液と腸液が混ざり合う。男が苦しげに息を詰め、腰を動かしながら驚きに満ちたひとことを漏らした。
「マジか……っ、おまえ、マジであいつとはやったことなかったのか?」
抱かれることに慣れていないとか、そういう次元ではない肇の過剰な反応に、男は激しく動揺した。
男同士が潤滑油なしで交配すると高確率で痛い目を見るが、それでも多少の経験があれば痛みを逃す力の抜きかたを覚え、後孔を開いて受け入れることも可能だ。それは受け身の経験がある男だからこそ把握していたことだが、肇の反応から察するに彼はすべてに置いて未経験だ。
鳥肌を立てて強張る四肢は、見知らぬ人間に犯されているからという以上に、うしろで快感を得たことがないからこその嫌悪ゆえだろう。痛いと叫びながら体の力を抜くことができないのも、その方法を学んでいないから。
男の恋人を寝取ったと思われたクソガキは、正真正銘の処女だった。だからといって今さら手加減してやろうとも思わないが、恋人が大事にしていたものを奪ってやった達成感に多少溜飲がさがった。
「いてえか? なあ、痛いのかよ。やめてほしいか?」
わかりきったことを訊きながら抽挿を繰り返す。肇は朦朧とした意識下で小さく顎を引いた。
「佑に二度と近寄らないでくれないか。もうわかってるとは思うけど、オレってかなり嫉妬深いんだよ」
男は呪文のように佑に関わるなと告げてくる。回らない頭でもそんなことは無理だと告げる危険性は理解していた。だけど、佑と肇は血縁者だ。二度と会わないなんてことは難しいのではないだろうか。たとえどんなひどい目に遭おうとも、肇が兄と絶縁することはきっとない。兄は大切な家族で、肇のたったひとりの兄弟だから。
肇がうんともすんとも答えないでいると、焦れたように男が胎内を穿った。
「うあ、ああ、うぐぅっ」
「きたねえ声で喘いでんじゃねぇよ。返事ははいしか認めねえ」
「うううっ、いだい、いだいぃ……っ」
ガツガツ突きあげられると呼吸がとまりそうになる。
苦しい。痛くてつらくて、このまま死んでしまうのではないかと不安がよぎる。
不意に視界が開けた。涙やら汗やらで顔に張りついていたアイマスクがはずされ、リビングから差し込むわずかな光源が覆い被さる男の輪郭を浮き彫りにする。
「なあ……頼むから、はいって言え。佑に会うな。オレから佑を奪うな。難しいことじゃねえだろ? おまえに佑は受けとめきれねえよ。オレじゃなきゃあいつは満足できねぇはずだ」
男の声が懇願の色を帯びる。先ほどまでの恐ろしいまでの傲慢さが鳴りをひそめ、どこか頼りなげに揺らぐ囁きが吹き込まれる。
「佑はオレのもんなんだ。あいつは飽きやすいし、節操なしだから、毛色の違うおまえに興味を持ったんだとしても、絶対に長続きしないしすぐ捨てられる。断言してやる。おまえみたいな子どもには無理だ」
気がつけば、男のわざと痛めつけるような動きはとまっていた。
肇は過換気発作を思わせる呼気の乱れを落ちつかせるため、深く息を吐いては同じだけ吸い込むことに集中した。
チャンスは今しかない。焦ってはならない。ひとつ間違えれば男の感情はすぐに爆発してしまう。
「ゲホッゲホッ……」
言葉を紡ごうとして噎せ返った。叫びすぎたダメージが蓄積している。
「おまえがなんで佑を選んだんだか知らねえけど、どうせあの優男面に騙されたんだろ。顔はいいけどさ、性格に難アリだよ。セックスだって乱暴だ。おまえが優しく抱かれてみたいなら、今からでもオレが丁寧に抱き直してやる。……うん、それがいい。おまえさ、あいつやめてオレにしろ」
なにを思ったか、突然とち狂ったことを言い出す男に仰天した。
男は肇から佑への関心を失わせようと躍起になるあまり、恋人から浮気相手を寝取るという暴挙に出た。どういう思考回路をしていたらそんな発想に至るのか、肇は理解が及ばなさすぎて白目を剥きそうになっていた。
「痛くして悪かったよ。でもあれでひぃひぃ言ってるようじゃ佑の相手は無理だ。オレが本当の男同士のセックスを教えてやる」
「待っ……ゲッホゲッホ!」
「一旦抜くぞ」
体の中から男の一部が抜け、圧迫感から解放されて安堵する。しかし落ちつく暇もなくぬめりをまとった指が挿入され、傷には触れぬよう腸内を探られて息が弾んだ。
乾いて傷つけるばかりのそれとは違い、明らかな目的を持って内部を拡張していく細い異物に意識が混濁する。
そんなことをしないでほしい。今しがたまで命の危機を感じるほどの痛みにさらされていた場所が、優しく労られ確実に溶かされていく。
自分でも驚きを隠せない。肇は痛みだけでなく快楽にも弱かった。抵抗する気力もわかないほど、男は的確に悦びを得られる場所を見つけ出していく。
苦痛に呻いていた唇が、今度は甘くとろけて湿った吐息を漏らす。
男は肇の中をほぐす傍らで、腰や首筋を撫でたり、胸の小さな尖りを舌で転がしたり、人が変わったみたいに朗らかに微笑んだ。
「いい子だな、上手だ。そのまま力を抜いていろよ」
ゆっくりと、男の昂りが腹の中に戻ってくる。
「ああ……すごい、おまえの中……」
些細な痛みさえも与えたくないとばかりに、男は時間をかけてすべてをおさめていった。
隘路を極限まで開かれるとさすがに傷が疼くが、その疼痛さえも不思議と快楽へと変換されてしまう。
「う、や……っ、め……」
か細くもがくも、あっさりと男の腕に押さえつけられてグズグズになった場所を抉られた。
「はあ……あ、はは、すご……気持ちよすぎる」
小刻みに男の腰が跳ねる。情欲に濡れた声にすら過敏に反応して、肇の中がきゅんと男を締めつけた。
「どうしたんだ? さっきまでとぜんぜん違う……あんなにオレを追い出そうとしていたくせに、今はこんなに歓迎してくれてる……可愛いよ。嬉しい。もっと気持ちよくなりたいだろ?」
熱い吐息が耳朶をかすめ、嫌々とかぶりを振ったら耳の穴に舌先がもぐり込んできた。
「い、や……っ、それ、やあぁっ」
「嫌? 嫌って反応じゃねえな。よくてよくてたまんねえって顔してるよ。おまえ、見た目からは想像つかないくらいエロいな」
猥雑な音であふれ返る世界に肇は溺れていく。粘ついた水音に、ベッドのスプリングが軋む音、 男の卑猥な揶揄に笑い声。頭が、おかしくなる。
「あっ、あっあっ」
「あいつ、おまえのこんなエロいとこ見たことないんだろ? よかったよ。知られないうちに引き離しとかないと、こんなんあいつじゃなくたってハマっちまう……」
耳を疑うような発言が男から繰り出される。それと同じくして、男の腰つきもよりねちっこく味わうようなものへと変化した。
いつまでこの地獄のような時間は続くのか。痛くなければいいというものでもない。快楽も過ぎればただただ苦しいだけだ。
嫌だ。もう嫌だ。死ぬ、気持ちよすぎて狂ってしまう。早く、早く終わらせて。肇はひたすら願った。
「ああ、はあ、なまえ……おまえの名前、教えろよ」
男の今さらすぎる問いかけに、肇は青息吐息で口を開く。
「ぁ、じめ……あっあ、は、じめ……っ」
「はじめ?」
「みくり、ゃ……はじめ……」
御厨佑の弟、御厨肇だ。
男は言葉を失い、緩慢に肇を揺さぶるだけの機械になった。
「あ、あ、もっ、ぃやっ……、終わって、終わっ……あーっ……」
中に受ける刺激だけで吐精してしまった。完全に肇の体はぶっ壊れたらしい。
ぜいぜいと息つく合間も、男はゆらゆらと揺れている。震えているのかもしれない。
「はじめって、聞いたことある……。おまえまさか、佑の……」
疑惑の眼差しを向けてくる男に必死で頷く。
「嘘だ……そんなの、嘘……」
愕然とした呟きをポツリと落とし、それから男はサイドテーブルに腕を伸ばして照明のリモコンをつかんだ。
室内が煌々と照らし出され、互いの顔もはっきり視認できるようになった。
男の顔を見ても、肇には彼がどこの誰なのかはわからない。しかし男は違うようで、肇の顔をまじまじ見つめたかと思えばサッと顔色を変えた。
「う、そ……マジかよ……」
やっちまった。男の言いたいことが、肇には手に取るように理解できた。
肇の中に居座る存在が、みるみる萎んでいく。
可哀想なくらい青ざめた男を見あげ、ようやく快楽攻めから解放されると嘆息した。
どうでもいいから時刻を知りたい。兄が帰宅する前に情事の痕跡を隠滅することは可能だろうか。肇は被害者の立場だが、兄の恋人にレイプされたなんてことはできれば知られたくなかった。
目を開けたまま気絶しているのか、ピクリとも動かなくなった男の肩に手を置いた肇の瞳に、開け放されたままの扉にもたれかかる人影が飛び込んできた。
いったいいつからそこにいたのか、腕を組んで無表情にこちらを眺める兄と視線が絡み、肇はライオンを前にした草食動物の気持ちを味わった。
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