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第5話

◇◇◇ 「随分とお楽しみだったな」  地を這う低音に、フリーズしていた男の体が無様に跳ねる。 「冬樹」 「た、佑、これはその……違うんだ」  油切れのロボットもかくやという動きで背後を振り返った男が、しどろもどろに申し開きを試みた。  スーツの上着を脱ぎ、ほどいたネクタイと共に軽くたたんでサイドテーブルに乗せると、そうすることが当然の流れとでもいうかのごとく、兄がベッドの上へとあがってきた。  男三人分の体重に犇めくスプリングを心配している余裕はない。 「オレ、知らなくて。おまえの弟が来てたなんて……」 「ああ、メールしてなかったもんな。その必要性も感じなかったし。まさか俺の弟を襲うなんて馬鹿なことをするとは思わないしな」  うっそりと口元に笑みを刷く兄に寒気を覚えた。目の奥に滾る怒りが、冬樹だけならず肇の背筋も凍りつかせる。 「散々、写真見せてやったもんな? 俺の弟がどんだけ可愛いか、教えてやってたもんなぁ? だから却って興味持っちまったのか?」 「ち、ちが……勘違い、して……佑が浮気したんだと」 「浮気?」 「ひぅ」  途端に漂う絶対零度の空気に全身が粟立った。 「浮気したのはどっちだ? なあ、冬樹。どんな理由があるにせよ、俺以外とセックスすんの禁止っつったよな?」  冬樹がガクガクとかぶりを振る。恐らく否定の意味ではなく、この後告げられるであろう言葉から逃れるためだ。  ふと優しげな笑みを繕い、兄が冬樹をひたと見据えた。 「……別れる?」 「嫌だ! 嫌! それだけは嫌だ! 絶対に嫌!」 「じゃあちゃんと反省して、もう二度と馬鹿な真似ができないよう叩き込んでやらないとな?」 「しないっ、浮気なんてしない、考えたこともない!」 「嘘は駄目だ」  首がちぎれるほど必死な冬樹から、半裸で思考停止する肇へと兄の視線が移った。  兄の目が上から下へと検分するように動き、そして泣き濡れて腫れぼったくなった目蓋を見て痛ましげな顔になる。 「可哀想に……」  大きくてあたたかい掌が、肇の頬をそっと包み込んだ。  思わずすり寄り、許しを乞うように上目を向けると、慈愛の眼差しで見つめ返された。  ああ、よかった。兄はちゃんと理解してくれている……そう安堵したのもつかの間だった。 「……大事にしてたのにな。冬樹に先を越されるなんて、まったく腹立たしいよ」  頬を撫でおろし、親指が半開きの唇に差し込まれてギクリとした。 「おまえの初めてを奪うのは、俺の手で足腰が立たなくなるまでとろかせてやってからと考えていたのにな。そうしたらこんなに痛い目を見なくて済んだのに」  口の中をグルリと掻き回していった指が抜かれ、その濡れた部分を兄の舌が味わうように舐め取る光景を呆然と見届けた。 「冬樹なんかにやられちまって、本当に可哀想だ。次こそ俺の手で、初めから最後までトロトロに抱いてやるからな」  艶然と微笑む兄を見あげていた肇は、築きあげてきた平穏が粉々に壊れゆく音を聞いた。  目の前にいる人物が、一瞬誰だかわからなくなる。兄がなにか得体の知れない生物に乗っ取られたように感じられ、目を白黒させながら視線を逸らした。  現実逃避を試みた先で、肇をこんなあり得ない展開へ突き落とした張本人と顔を突き合わせる。 「……なんか、ごめん」  同じく悲壮な面持ちをした冬樹から、どれに対するものか判別つかない謝罪を受け取った。  終わり

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