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その後の三人

  「おまえが謝る相手は肇だけじゃないだろ」  そう言って、佑は容赦なく平手で冬樹の頬を打った。  冬樹は頭から崩れ落ち、肇の太ももを抱く形ですがりついてくる。その怯えた仕草につい労りの声をかけそうになって、彼の表情があらわになった次の瞬間に肇は息を呑んだ。  白い肌が赤く染まるほどの力で叩かれたというのに、冬樹はこれ以上なく幸せそうな微笑を湛えて佑を見あげていた。 「俺の大事な弟を食ってすみません、だろ。あと約束破って浮気したことも謝罪しろ」 「はい。佑の大事な弟食ってすみません、約束破って浮気してすみません。もうしません許してくださ……っ」  発言している途中で再度、佑の平手が打ちおろされた。 「許してもらおうって人間の態度じゃねぇな。謝るときは土下座だろうが」 「は、はい」  佑の残酷な台詞にますます頬を赤らめ、冬樹は呼気を弾ませつつ体勢を整えた。  肇は目が点の状態で、ふたりの異常なやり取りを見守る。 「た、佑の、大事な弟に手を出して、すみませんでした。約束破って、浮気したこともごめんなさい。オレのこと許してください……み、見捨てないで」  なぜか冬樹はハアハアと息を荒げ、土下座しながらもじもじと腰を揺らしていた。  佑はそんな冬樹を一瞥すると、それ以上なにを告げるでもなく肇へと目線を移し、剥き出しになった肩や鎖骨へと指を滑らせた。  くすぐったさに体を揺らすと、クスリと笑って臍下(せいか)までひと息に撫でおろされる。行為の余韻が残る体には、そんな些細な接触さえも刺激的だった。 「ちょっと見ないうちに腹筋がついた。まだ筋トレ続けてんだっけ?」 「や……最近はあんま。高校卒業して、部活なくなったら必要性も感じなくなったから……」 「そうか。ふうん……」  意味深に腹部を撫で回され、どうしようもなく心臓は早まっていった。当然だ、あんなことがあった直後で、平然と兄からの接触を受けることなどできない。  佑の視線がどこか情熱的な色を含んでいるように感じられ、肇はそわそわしながらも懸命に指の感触から意識をそらした。  しばらく佑は肇の腹筋を指先でつつき回していたが、やがて満足したのか離れていった。そして同じ手で蹲(うずくま)る冬樹の頭を撫でたかと思えば、頭髪を鷲づかんで顔をあげさせるのでギョッと目を剥く。  痛みに呻いたかのように見えた冬樹であったが、一瞬後にはまたあの熱でとろけた瞳に変わっていた。  どうも佑に虐げられることに悦びを感じ取っているのだと察し、肇は見てはならぬものを目撃した心境でそっと目蓋を伏せた。  片手で冬樹をいたぶりながら、佑が冷徹な視線を肇へ向ける。 「肇が被害者だとは十分理解してる」  優しい口調につられて佑を見あげた肇は、ようやく自分へと降り注ぐ冷ややかな眼差しに気づいた。 「……でも、あっさりヤられちまったおまえにも俺は怒ってるんだ。なあ、おまえ本当に抵抗したか?」  なんてひどい言いがかりだ。肇はいつになく苛立った兄に怯えながらも懸命に言い募った。 「俺はちゃんと抵抗した! 兄ちゃんの弟だって言おうとしたけど、こいつメチャクチャ手が早くて……!」  あっという間に拘束されていたのだ。今も手首に手錠が嵌まったままで落ちつかない。 「俺、なにも悪くない。兄ちゃんの恋人を誘うようなこともしてない。誤解させるようなこと一個もしてないから!」 「まあ、それは言われんでもわかるよ。でもなあ……」  佑は黙考し、ひたと肇の全貌を見おろした。  引きちぎられた佑のパジャマはサイズが合っていないせいで肩から落ち、剥き出しの肌は小麦色に日焼けして若々しい艶玉を弾いていた。うっすら筋肉のついた胸板から続く腹筋の下、なんとも悩ましげにくびれた腰がよじれ、薄い陰毛の中うぶな男性器が恥ずかしげに縮こまっている。内股には淫らな体液がこびりつき、冬樹がつけたのであろう指の跡がくっきり残っていた。 「…………おまえも悪いと思うぞ、俺は」 「なんでっ!?」  肇の体から目をそらして呟く佑に、つかみかからん勢いで無実を訴える。 「どこが悪かったの? 俺なにもしてない! なにもしてないってば! こいつが人の話も聞かずに襲いかかってきたんだよ!」 「ああ、うん。でもおまえさ、足は自由じゃん。なんで蹴るなり逃げるなりしなかったの? はっきり言うけど、冬樹くらいの体格なら余裕で蹴り落とせたよな?」 「…………」 「頭突きだってできるわけだし。その状況下で犯されるって、おまえに抵抗の意志がなかったからじゃないの?」 「ち、ちがう……俺、本当に怖くて……」  なぜか佑に糾弾されるという事態に、肇はすっかり意気消沈して涙ぐんだ。  突然部屋に押し入ってきた冬樹に恐怖したのはもちろん、激昂する男にのしかかられて身動きを拘束されれば命の危機を覚える。そんな状況で無謀に抵抗することなどできるだろうか。  あのときの冬樹は、常軌を逸していて真剣に恐ろしかったのだ。  ひぐひぐと泣き出す肇に、佑は慌てて震える肩を抱き寄せた。 「あー悪い悪い、そうだよな。冬樹みたいに頭のおかしな人間が急に現れたらビビっちまうよな。悪かったよ」  よしよしと背中を撫でられ、しゃくりあげながら肇は顎をあげる。 「で、でも、俺も本気で抵抗しなくて、流されたから……ごめんなさい」 「許す」  佑はあっさり怒りを鎮めた。あれほどネチネチ責め立てていたくせに、弟の涙にものの数秒で負けてしまった。 「あのォー……それでオレはいつまでこうしていればいいわけ?」  蚊帳の外にされた冬樹は黙っていられない。てっきりこのまま弟の前でお仕置きセックスかと期待していたのに、いったいこれはどういう展開だ。  薔薇色の世界を築く兄弟にちょっぴり心を痛めながら、恐る恐る恋人である佑の顔色を窺うと――……。 「おまえはそこでしばらく這いつくばっていろ」  凍てついた流し目とともに厳しく命じられ、しくりと悲しむ胸の片隅でドキドキと鼓動を逸らせた。  大好きな人にぞんざいに扱われて傷つく自分と、もっと手ひどく扱われたいドMな自分の二律背反に身悶えしつつ、冬樹はいちゃつく兄弟の横で犬のように黙って丸まった。  終わり

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