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第三章・重力の楔③
「太宰居るか!?」
芥川から居場所を訊き出し一行が向かったのは擂鉢街に在る隠れ家。道案内として芥川も同行し、国木田の運転する車と中也の大型二輪車で訪れた。
到着するや中也は二輪車を捨て去り、隠された入口から僅かに見える扉の取ってを回す。中也から遅れて到着した三人は車から降りるが、乱歩だけは室内へと向かわず扉の前に在る足跡に視線を落とす。此の時乱歩だけは其の場に太宰が既に居ない事に気付いていた。
動かされた本棚と奥に続く暗闇。確かに此処を出る前本棚の隠し扉を整えた記憶が有る芥川は其の光景を見て愕然とした。
「……太宰、さん……?」
中也に続き国木田も地下室への階段を降りて行く。微かに聞こえる水音、薄暗い地下は全体を見渡すには難儀したが、然程広くは無い其の室内に人の気配は無かった。唯一つ部屋に置かれた古びた寝台と其の上に置かれた黒い布、天井から吊り下げられた手枷が確かに太宰が此の場所に居たであろう事を物語って居た。
「……オイ芥川、此れは一体如何いう事だ?」
「……存ぜぬ」
「あァ!?」
「僕が此処を出る前確かに太宰さんは此処に居た……」
芥川は国木田の後ろから顔を出し、吊り下げられた手枷にこびり付いた血液に着目する。幸い付近に躰の一部が落ちている事も無く、指は繋がっている儘であると理解出来た。
「太宰と君だけが知ってる処って何処?」
室内に広がる黴臭さや生臭さを嫌い鼻と口を手で抑え乍ら乱歩が地下室の上から声を掛ける。
「ンな場所……」
此の場所を中也は知らなかった。他にも複数此の様な拠点は存在して居るのだろう。太宰は何かを中也と共有する事は無かった。二人だけが知るような隠れ家等無いに等しい。
外套をはためかせ乱歩が顔を覗かせる出口へと歩き始める中也の脳裏に微かな映像が過ぎる。
「真逆……彼処に?」
中也の呟いた一言に国木田と芥川の眼の色が変わる。
「おい、太宰は何処に!?」
肩へと伸ばされた国木田の手を払い、中也は一度芥川へ向き直る。
「芥川、手前は選択を間違えたんだ」
「――ッ!!」
若し太宰が「降参」の一言を口にした時解放をしていれば、其れ以前に川から拾い上げるだけに留めて居たのならば。
【芥川は選択を間違えた】
「――悪ィが、此処から先は俺一人で行かせてくれ」
中也の言葉に何か云いたげに口を開く国木田だったが、今は任せる事が適任と判断すると、中也が通る道を開けるように身を寄せる。
「……中也さん、後生です……」
階段を上がる中也は寝台の前で突っ伏す芥川の言葉に脚を止めて振り返る。
「必ず、必ず太宰さんを……」
其の言葉を受け取った心算か、再び中也は歩き始め乱歩が顔を覗かせる入口から地下室の外に出る。
乱歩は其の姿を黙って見送り、特に何も云わなかったが、国木田が出て来ると共に二輪車に跨がる中也を見送りに立つ。
「無事に太宰を連れ帰って、君は国木田と彼に制裁を加えないといけないからね」
「乱歩さん!?」
「……無事か如何かは、彼奴の選択次第だろ」
乱歩を一瞥してから中也は帽子を目深に被る。手許の操縦棒を回すと同時に中也を乗せた二輪車は追尾灯を靡かせ闇夜に消えて行った。
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