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第三章・重力の楔④
真逆と思った。然し其れ以外に中也が思い浮かぶ場所という物も無かった。海を臨む崖の上の共同墓地。
二輪車を乗り捨て満月が照らす道を頼りに石段を上がる。此処で無いのならば別の場所なんて思い付かない。迫り出した崖の上、無数に有る墓標。其の最たる先端の墓標の前に太宰は居た。吹き上げる潮風が髪を靡かせ、まるで此の場所でずっと中也を待って居たかの様に太宰は中也に躰を向けていた。
「太宰……」
「善く解ったね、此の場所が」
二人の始まった場所。此の崖の直ぐ下の灣で二人のポートマフィアとしての時間が始まった。
一見して外傷が有るようには見えない。其れ供月夜だから目に見えないだけか、中也は一つ一つの墓標に礼を尽くし避け乍ら太宰へと歩み寄る。
「長年手前の相棒やってた俺を舐めんじゃねェよ」
「ははっ、此れは恐れ入った」
少しやつれているのか、逆光で顔が善く見えない。距離が近付くにつれ何方からともなく手を伸ばし、そして太宰と中也の二人は手を取り合った。
「話は殆ど訊いた」
「敦君も芥川君も、心身共に深い傷を負ったね」
満月が風に流された雲に覆われ付近は闇に包まれる。
太宰は中也の片手を握り背中を丸めて中也に唇を重ねる。
「君にも選択して貰わないといけない」
雲が晴れた。太宰の頬を伝う一筋の涙。――そして中也の手に握らされた短刀。
此れが太宰の答えで選択の結果であるのかと、心臓を握り潰される思いに堪え乍ら中也は太宰を地面へと倒し押し付け、左手で喉元を掴む。
其れはまるであの日あの時の四年振りの再会のようだった。
違う事は太宰が安らかな表情を浮かべて居る処。二人は其の体勢の儘見詰め合う。
「君の手で終わらせて欲しい」
――愛シテイルカラ、誰ヨリモ
あの日入水の選択をしなければ、芥川と接触する事は無かった。
あの時、声を荒げてでも止める選択をしていれば、敦に過ちを犯させる事は無かった。
其れよりもあの時、敦との同居人に国木田を選択していればもっと高確率で此の一連の流れを防ぐ事が出来た。
あの日あの時、敦が戻って来る事が判っていて施錠を怠ったのは太宰。
「……手前が居なければこんな事にはならなかった」
太宰の気持ちを代弁するように中也が口を開く。利き手を振り上げ短刀を持ち直す。他の誰でも無く自分の此の手で生を終わらせてやる事が愛の証。
――誰ヨリモ、愛シテイルカラ
月明かりが刃に反射し太宰の頬を射す。
「なあ」
「ねえ」
「愛してる」
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