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第23話

「…っ」  心臓がどくんっと大きな大きな音を立てた後、ぎゅぅっと握られたかのように苦しくなる。  目の前に広がる現実が、現実だと解っていながら夢を見ているような、そんな感覚。  予想通りの光景な、はずなのに。  碧生が、フルートを吹いていた。  眼鏡の奥から見たこともない眼で譜面を見つめ、踊るように指を動かす。  まるで、全身で歌っているかのような。   …あれが、碧生?   「…」  本当に『ちらっ』と見れれば、いいなと思っていた。  部活をしている碧生って見たことないし、普段とは違う碧生を見てみたいなぁっていうだけのこと。  本を読んでる碧生。俺の前で微笑む碧生。小さな頃の碧生。  それ以外の碧生が存在してる姿が想像出来なくて、なんとなくのちっぽけな興味本位だった。  …なんだろ、あの碧生は。  手を伸ばしても、俺みたいなくだらない人間は触れる事さえ出来ないような。  すごく、すごくきれい。  でも…。  無意識に、走り出していた。  逃げるように音楽棟を飛び出して、自宅へ向かう。  ドキドキ、ドキドキして壊れそう。  この身体の奥からぐわっと襲われるような気持ちは、…なに?    家へ帰って部屋の中に入っても全く治まらなくて、どうしていいのかわからなくてベッドに転がった。  脳裏に残ったあの姿を思い出すたび、叫びだしそうな衝動さえ込み上げる。  …なんなの、あの碧生。  あんな碧生は知らない。…遠い。  あんな顔をして、いつか碧生は俺からもっと遠ざかって行くの。  いや、本当はあの時…中学の時、差し出された手を振り払った時点で、遠くなっていたのかも。  やっぱり、無邪気にただただ仲良しだったおさななじみだった関係は、もう壊れていたのだろうか。  今更仲良くなれたからって、昔とは違う。  懐かしく、嬉しく思っていたのは、俺だけなのかな。  …それは、嫌だ。と、心の何処かがそぉっと囁く。  碧生はきっと変わってない。…ずぅっと傍にいた碧生のままなはずだ。

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