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第39話
大きな深呼吸をして、小さくなっていく碧生に顔を向けたまま。
「ごめんね、俺、帰るね」
「え、…でも、わたし…」
「ごめん」
その子の顔を一度も見ることなく、走り出した。
女の子が何回か俺の名前を呼んだけど、申し訳ない気持ちすら浮かんでこなかった。
思えば、告白を貰おうとしている時に、向き合わなかったのは初めてかも。
彼女がいてもいなくても好きだと言われれば嬉しいし、気持ちには真剣に応えたいと思っていた。
それだけ告白にはいろんな想いが詰まってるって、多少なりとも解っていたから。
ごめんね、名前も思い出せないかわいい女の子。
俺は、今碧生の背中を追いかけたいみたい。
「碧生っ」
信号を二つ越えたくらいで、やっと碧生に追いついた。
眼鏡で音楽と本が好きでおとなしい碧生は、実は運動神経も良くて足も速い。
目立たないように行動してるから、知ってる人は少ないけど。
久しぶりに真剣に走ったから、心臓が吃驚して身体から飛び出してきそう。
「ま、待って、…碧生。待ってよ」
ハァハァと肩で息をしながら、碧生のジャケットの裾を掴む。
抵抗するかのようにスピードを緩めなかった碧生だが、しばらくしてやっと足を止めた。
額から、かっこ悪い汗が滴る。
「…っと、碧生足速過ぎ」
「なんで、来たの」
「なんでって、」
「なんで、あの子置いて来たの」
「…それは、…」
街灯に照らされた碧生の顔は、眉間に皺を寄せて怒りを露わにしていた。
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