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第50話
「……毬也」
震えるようなか細い声で、俺の名前が呼ばれる。
慌てて追いかけて来てくれたのだろうか。
視界に入ったスニーカーは、紐が解けかかっている。
もう一度ふぅ…と息を吐いてから、ゆっくりと顔を上げた。
「…碧生、どうしたの」
「……毬也が、」
「ん?」
「…毬也が出て行ったから」
「コンビニ行くって言ったでしょ」
ふふっ、と困ったように微笑みかける。
碧生が眉根を寄せたから、作り笑いだってばれてしまったのだろう。
それに対して何かを言うような言葉を碧生が持たないことは知っていた。
不安げな表情を変えず、じぃっと俺を見つめたまま。
「碧生、帰ってていいよ。ヤスが困るでしょ」
「…」
「ヤス、本気で勉強してるみたいだし。時間もないしね」
「…」
「…あー、あと、ごめんね。なんか勝手に碧生を束縛するようなこと言っちゃって」
「…毬也」
「合コンとかさ、行きたかったら行っていいんだよ。俺の許可とか要らないし」
俺は、何を言ってるんだろう。
それでも、逃げて来た言い訳をしたくて仕方ない。
心の中の疾しい気持ちを隠したくて、仕方ない。
だって、こんな本心は絶対におかしいから。
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