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第56話
…俺って言った?
今、碧生、…俺って言ったよね?
言った。言ったよ。
ま、まじで?
俺が、こ、好みって。
ええぇっ。
まるで、碧生の頬のようなピンク色の絵の具を脳内にぶちまけたかのよう。
そして、俺はまた思考を通らずに、心にもないことを口に出していた。
「やだな、碧生っ。俺、男だよー」
「…」
「さすがに、好みだとしても碧生とは付き合えないなぁ。百合亜ちゃんの方がいいんじゃない、一応女の子だし」
「…」
何言ってるの、俺。
…何、言っちゃってるの、俺。
一撃で、ピンク色の絵の具の上から灰色の絵の具に塗り替えられた。
塗り替えたのは、俺自身。
違う、違うよ。碧生。
俺は……、実は、本当は。
出しちゃった言葉は、後悔してももう遅い。
碧生は、ほんの少しだけ哀しそうな目をした、ような気がした。
でも、多分それはただの俺の願望だろう。
「……毬也みたいなひとって言った」
「あ、え、…うん」
「毬也…じゃない」
ずきん。
さっきまで刺さっていた甘い矢を越えて、鋭くとがった矢が刺さる。
刺したのは、自分。
その矢を用意したのも、自分だ。
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