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第76話
碧生は何度か大きく瞬きをしたが、視線を逸らさないまま小さく頷いた。
それを合図に、腕を伸ばす。
…ごめんね、碧生。
碧生の不安を利用しちゃって、ごめん。
小さな身体を包み込んでぎゅぅっと力を込めると、碧生の身体はビクッとかすかに揺れた。
制服越しに感じる、碧生の温もり。
どくんどくんと、次第に速まって行く心臓の振動も感じる。
俺の心臓かもしれないけど、二重に聞こえる心音は、同じくらい速い。
「…」
おんなのこだったら、校舎の中だからといって気にしないで、このままキスするのに。
抱き締めるだけじゃ歯がゆい。
でも、初めて感じる碧生の温もりは、本当に本当に愛しい。
愛し過ぎて、辛い。
…碧生。
この温もりで、俺の汚い気持ち包んでよ。
それでも、碧生の腕が俺に回されないことに気が付いてしまったから。
やっぱり、胸は痛むんだ。
「…毬也」
「…」
心の中の躊躇いを決して出さずに、碧生の肩を掴んで身体を離した。
支えを失った碧生の身体がよろりと傾いたけど、支えてあげる優しさは持てなかった。
すぅっと碧生の横を二歩通り過ぎて、首だけで振り返る。
「ありがとう、碧生。教室戻ろう」
「…まり、」
「戻ろう?」
「……うん」
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