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第82話
「…碧生、その…」
一度ナイフが刺さった心はズキズキと痛いから、思考を働かせることが叶わない。
碧生は瞬き少なめに、俺の顔を見据えていた。
静かになってしまった部屋に、カチコチと時計の秒針の音が大きく響く。
…どうしよう。
碧生が、俺の好きな人を誰かと勘違いしている。
おんなのこが好きだって、思ってる。
違うよ、碧生。
俺が好きなのは、碧生。
…伝えたい。でも、伝えたくない。
どうしよう。…ほんと、どうしよう。
迷うように視線を斜め下へ移すと、やっぱり碧生はすぐに気付いて小さな声を上げた。
「…毬也?」
「……」
…このまま言わなかったら、もう一生言えないんだろうか。
一生ただの幼馴染として過ごして、碧生が誰か女の子と付き合うのを見守って行くのだろうか。
でも、俺はもうただの幼馴染には戻れない。
碧生が女の子と手を繋いだり、抱き締めたり、キスをするなんて、…絶対に嫌だ。
言おう。
碧生が恋愛の話をしてくるなんて、ほとんどない。
これはきっと、神様がくれた気持ちを伝えるチャンスなんだ。
今ここで言わないと、駄目な気がする。
テーブルの下でぐぅっと拳を握り、ゴクッと生唾を飲んだ。
意を決して、顔を上げる。
俺の迫力に驚いた碧生が、わずかに身体をビクッと揺らした。
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