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第84話

「碧生、ちょっと前髪伸び過ぎじゃない?」  百合亜ちゃんが躊躇いなく、碧生の前髪に触れる。  碧生の顔は、更に耳まで赤くなった。 「…少し伸びた」 「うん、モテる男が顔隠してちゃもったいないわ!」 「……そう、かな」 「短い方が似合うわよ、中学の頃みたいに。ね、毬也」 「えっ」  碧生の前髪…?  そ、そんなの考えたことなかったよ。  確かに、今はちょっと長いかもしれないけど…。  中学の頃の碧生……?  はっきりと、…いや、ぼんやりとすら出てこない。  言葉を探して言い淀んでいると、百合亜ちゃんは「ハッ」と鼻で笑って、碧生へと向き直した。 「そうそう、こないだの演奏会、すっごく良かった。それを直接言いたかったの」 「…こないだ?」 「三か月前くらいに市民会館でやったやつ。カルミナブラーナとか」 「あぁ、あれ」  …演奏会?  そんなの、知らないけど。  って、三か月前なんて、俺は碧生と話していない。  同じクラスだったのに、『他人』だった時間だ。 「ル・シッドのソロもすごい良かった。碧生、またうまくなったね」 「…そんなことない。周りのみんながうまいから」 「ううん、碧生の音ってすぐ分かるわ。うまく言えないけど、いい感じに浮いてるの」 「…浮いてるの」 「変な意味じゃないわよ。みんなの中に綺麗に溶け込んでいるんだけど、一人だけ音が澄んでるの」 「…そう、かな」 「うんっ、碧生らしくて、碧生の音大好きよ」 「…ありがとう、百合亜」

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