106 / 138
第106話
口を開くと全て吐き出してしまいそうで、恐い。
冷静とか理性なんて、二人の姿を目の当たりにした時に、どっか遠くへ飛んで行っていた。
碧生は、変わらずふるふると瞳を揺らして俺を見つめていた。
「…毬也、その人とまた付き…」
「碧生は、今日百合亜ちゃんと帰ったの」
言葉を遮るように、疑問符を投げつけた。
碧生から、その言葉はもう聞きたくない。
そんな俺の心を何も知らない碧生は、素直にこくりと頷く。
「…帰り道で百合亜に会って」
「……、たまたまよ」
百合亜ちゃんが、珍しく申し訳なさげに口を挟んだ。
俺は百合亜ちゃんの方へは一度も視線を動かさず、未だ碧生の肩を捉えたまま。
「そのまま、うちに来たんだ」
「うん」
「…そっか、それならいいじゃん」
「…え」
「俺が誰と帰ろうが、何時に帰ろうが、もういいじゃん」
「…」
「碧生は一人じゃないんでしょ。俺が一緒に帰らなくてもいいじゃん」
「…っ」
碧生は目を瞠り、動揺あらわに視線を泳がす。
そして、哀しそうに俯いた。
…この顔は、前に見た気がする。
遠い昔。本当は遠くない、たった5年前のこと。
碧生を傷付けた。
今なら、手に取るように分かる。
「ちょっと、あんたっ」と百合亜ちゃんが怒鳴った。
それでも、止められない。
ともだちにシェアしよう!