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第108話
「…っ」
碧生の瞳が大きく揺れた、と気が付いた瞬間。
パァッンと大きな音が響いて、俺の視界が揺れた。
反動で二、三歩横に動いてしまったところで、頬に鈍い痛みを感じる。
不可抗力に滲んでしまった目を向けると、碧生の前に立った百合亜ちゃんが上げた手を震わせていた。
見たこともないほどの怖い顔で俺を睨み付けている。
「…ゆり、あちゃ」
「…あんた、何言ってんの」
「え、…何って」
「あんた、何言ってんの」
同じことをゆっくりと低い声で訴えた百合亜ちゃんの目からは、ぽろりと涙が零れ落ちた。
その姿を見て、俺と碧生は多分似たような顔をしていただろう。
…百合亜ちゃんが、泣いた。
生まれて初めて見た。
でも、…なんで。
余りの動揺に言葉を失っていると、百合亜ちゃんはぽろぽろ零れる涙を拭わぬまま、続ける。
「私言ったよね、二回も同じことするんじゃないよって」
「…うん」
確かに、言われた。
碧生と仲直りして、直ぐ。
あの時は、何の事だかよく分からなかったけど。
中学の時に「忙しい」と言って、自分勝手に碧生を突き放した。
突き放すときは、いつも同じ理由。
…このことだったんだ。
今更気付いても、もう手遅れで。
俺は、二回も同じ台詞を吐いて、たった今碧生を傷付けた。
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