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第3話→sideH
十中八九俺は騙されている。そんなことくらいは、いくら俺でも周りの雰囲気だけでわかる。
なのに何故引けねーのか。
松川さんに世話になっていることもあるが、引けない理由は、単純に俺の中にある焦りだと思う。こころのどこかで、こんな生活からは早く脱出しなくちゃいけないと、必死になってもがいているような気がする。
指定された集合場所の寂れたバーは、いかがわしい雰囲気に溢れていて、後暗そうな男達が出入りを繰り返していた。
「おせえぞ、小倉。コッチだ」
松川さんは、バーの右隅の一角に四五人の男らと一緒に座って、手招きをする。
こんな時、もしもライが近くにいたらどうするだろう。
なんだかんだ、うまく周りと立ち回るのはいつもヤツの役目だった。俺はライにやりたいことだけを言えばうまくやってくれた。
俺1人じゃ何も出来ないんじゃねェかと感じた時、俺は、ライの家に居座り続けることが出来なくなった。アイツがいないと何も出来ないだとか、俺のなけなしのプライドが許さなかった。
いつだって、アイツのボスは俺で、アイツは俺のために走り回るのが当たり前だと思っていたからだ。
のろのろと松川さんたちの席に近寄ると軽く頭を下げる。
年功序列なんて、今更どーでもいい話だが、松川さんを怒らせることは今はしねーほうがいいだろうとは思っている。
「コイツが、後輩の小倉だ。まあ、仕事には慣れてねーけど、ケンカの腕は保証する」
松川さんは俺を自分の持ち物のように、男達に紹介するが、男達はちらと俺に視線をやりあまり興味がないような表情を浮かべるだけだった。
「そんじゃあ、簡単に仕事の説明すんぞ。オマエの役割が重要だからなァ。この紙を渡しとく。これは取引の割符だ。相手も同じもんを持ってるからな」
説明しながら、少し重たいカードを松川さんは、俺に手渡した。
「相手はオマエの割符を確認したら、小さいバックを渡してくる。そいつを掴んだら、すぐ下にマンホールがあるから、マンホールに落とせ。取引が見つかったらヤバイからな。なかったようにフェイクすることになってんだ」
松川さんの説明を聞きながら、俺は周りの男達の様子を伺う。
初めて顔を合わす相手と、そんな危険な橋を渡っていいのか。
不安に苛まれながらも、松川さんの指示内容と場所覚えて割符をポケットにしまった。
「まあ、警察にもバレねェとは思うが、サイレンの音がしたら直ぐにずらかれよ」
手渡された割符が、ひときわ重く感じて、俺はぐっとポケットの中で拳を握りしめた。
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