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第5話

 いよいよ競泳の時間だ。いきなり泳ぎだして足がつったりするといけないので、カメラを回す前に準備体操をしてから、ウォーミングアップとして各自50メートルずつ泳ぐ。痙攣予防だけでなく、フンドシをあらかじめ濡らしておくのも目的だ。木綿のフンドシは、水を含むと重くなるから。  前の人に続き、クロールでゆっくりと泳いだ。久しぶりのプールは気持ちいい。仕事で泳げるんだからな、フンドシでなければ毎年出たいぐらいだ。  いや、俵屋さんは今年で五回目だとか。来年も出るかな? 同じチームになったら、騎馬戦なんかは俵屋さんの上に乗って、俺の股間が布越しに俵屋さんのうなじ辺りに――  って、何考えてんだ俺はっ!  俺が出るのは100メートル平泳ぎと、400メートルリレーのアンカー。だから、100メートルを二回泳ぐんだ。リレーのアンカーは自由型だけど、背泳ぎ、バタフライ、平泳ぎで泳いではいけないルール。他人と競泳するなんて、何年ぶりだろうか。いいタイムでゴールできたら、俺は目立つ。今後、いい仕事がいっぱい来る。 …そしたら、この水泳大会にはもう出られない。俵屋さんと共演できるなんて、いつになることやら。いや、もし俺が来年も出たところで、俵屋さんが来年から出なけりゃ意味がない。  俺にとって、俵屋さんって何? 今日初めて会ったばかりだぞ。年上で体はデカいけど、威圧的な態度はなくて、顔もかっこよくて。何度でも俵屋さんに会って話してみたいと思う。いっしょに飯を食う仲になれたらな。 …あの腕、あの太腿、あの胸、あの尻。胸や尻を揉みしだいてみてえっ!  ハッ! 俺はまたとんでもないことを!  あれこれ考えているうちに、端まで着いた。プールサイドに上がり、用意されていたタオルで体を拭く。  ちらりと雛壇を見ると、俵屋さんと目が合った。いや、偶然だろうか。でも俵屋さんは、ニコッと笑って会釈をする。俺に? 周囲にいる人たちは、誰も雛壇を見ていない。とすると、俺になんだな。  もしも俺の勘違いだとしたら、会釈を返してしまえば恥ずかしい。気づかないフリをしていようかと思ったけど、本当に俺への会釈だったら、無視するのは悪い。ちょこっと頭を前に出す程度の会釈を返したら、今度は俵屋さんはサムアップを返してくれた。“競泳がんばれ”の意味かな。  今日初めて会ったばかりの人なのに、嬉しい。収録が終わってから連絡先を聞いたら、教えてくれるかな。  収録再開。司会者の競技説明の後、アナウンサーが選手の名前を読み上げる。 「第二のコース、山田善!」  名前を呼ばれて右手を挙げると、太鼓やチアホーンが鳴り響く。競泳は紅白二人の四名ずつ。シンと静まり返るとホイッスルが鳴り、スタート台に乗る。この緊張感、高校での大会以来だ。 「Take your marks」  本格的な大会ならではの“位置について”のアナウンス。気が引き締まる一瞬だ。飛びこむ体勢になる。  スタートの合図で、プールに飛びこんだ。潜水で数メートル進んだ後、浮上して平泳ぎで泳ぐ。冷たい水なのに、体の内側から熱が現れる。限界を超えてみたいと、欲が出る。  中学高校と、記録は良くも悪くもなかった。最後の大会は予選で落ちた。そのときに、人と争うことを諦めた。芸能界に入っても、駆け出しの新人ではライバルと呼べる人もいなく、争う必要がない。  でもこうして泳いでいると、負けられないって思える。誰よりも速く、ゴールしたい!  50メートル、タッチしてターンした。もうそれ以降は、何も考えられない。ただ、水を掻いて進む、それだけだ。  ゴールだ! 電光掲示板に、タイムが出る。高校のときよりはるかに遅いが、それでも一位だ。ほかの選手が、水泳部の経験が無かったのだろう。  と考えると物足りない一位だが、部活時代一度も取れなかった栄誉だ。  雛壇や、スタッフたちから割れんばかりの拍手が起こる。敵チームなのに、俵屋さんも拍手してくれている。  競泳最後の種目、400メートルリレーでも、俺のチームは一位を取った。泳ぐこと、競うことの楽しさを、改めて味わった。 「君、速いねえ~」  プールサイドで、司会者が俺にマイクを向けた。 「ええ、高校時代まで水泳部だったんです」 「どうりで、いい体格してるね~、肩幅広いし。カメラさん、この肩幅おさまりますか?」  なんて冗談を交えながらインタビューを受けた。俺は今、顔にモザイクがかかった被害者役じゃない。競技の勝利者として、マイクを通して話している。テレビの仕事をしていてよかった。自分の存在感を示すこと、それがテレビの醍醐味だ。  休憩時間になった。水分補給の後、最後の競技相撲大会に出場する選手は、更衣室に集まるようにと指示があった。  更衣室でフンドシを外すように言われた。もらったバスタオルで体を拭き、腰にタオルを巻いた。  集まった選手は十六人。その中に俵屋さんもいる。何名かいるスタッフの一人が、メガホンで呼びかけた。 「これからみなさん、相撲用に廻しを締めてもらいまーす」

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