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第6話
「俺は、騎士には向いていませんか?」
「騎士?」
帰る途中、ヤマトに悩みを聞いてもらおうと思った。
もし騎士に向いていないというなら、早めに別の進路を考える必要がある。
ヤマトは俺を眺めて難しい顔をして考え込んでいた。
そこまでダメなのか!?とてもショックを受けて落ち込んだ。
鍛えれば筋肉は自然と付くと思っていたが、向き不向きがあるのか。
現役騎士団のヤマトがそんな顔をするなんて望みは薄そうだ。
「なんで騎士団に入りたいの?」
「…俺のたった一人の家族を守りたいからです」
「守りたい、か」
ヤマトもなにか思う事があるのか優しげな雰囲気で俺の頭を撫でていた。
何だかそれがくすぐったくて、こそばゆくて目を細めた。
ゼロ以外の大人に頭を撫でられた事がなくてちょっと新鮮だった。
ヤマトもゼロと同じ差別を嫌う者だが、ヤマトは闇落ちせずに何年も掛けて世界を正そうとしている。
二人は一度は共に騎士団を変えようとした仲だったんだ。
ゼロが道を踏み外さなければきっと二人は仲良くなれた筈なのにな。
屋敷の近くにある教会前まで連れてってくれて、ここでお別れした。
ゼロ家に帰ってるかな、帰ったらすぐに謝ろうと思っていたら後ろにいたヤマトに呼び止められた。
「…ねぇ」
「…はい」
「強くなりたいなら騎士団の選択の他にも学校でも学ぶ事は出来る、よく家族と相談してまた来ればいいよ…俺はいつでも歓迎する」
そうだよな、家族に反対されたまま騎士団に入れないよな。
俺は頷き、ヤマトに手を振り屋敷に向かって歩き出した。
学校か、確かにこの王都には学校がありいろんな事を学べるが義務教育ではないから行ってもいいし行かなくてもいいが、行った方が就職に有利なのは確かだ。
16歳からじゃないと通えないからもう少ししたらゼロもヤマトも学校に通うのかもしれない、ゲームでは二人は同級生のようだったし…
仕事と学校を行き来してあまり家にいない日が続くだろうしちょっと寂しいが、寮ではないから家にちゃんと帰ってくる。
ゼロにちゃんと謝って、学校ならゼロも反対しないだろうから俺も通いたい事を伝えよう。
そうしたら騎士団に入らなくてもゼロを守れるし、俺の夢も叶えられるかもしれない。
そうしよう、そうと決まれば歩くスピードが自然と早くなる。
そして屋敷近くになった時、屋敷の前に人影が見えた。
いつもは身長が高くて見上げていたが小さく見えるその人に駆け足で近付く。
すると顔を上げて驚いた顔をして、その美しい瞳に俺が写った。
「にいさ…」
「エル!」
腕を引かれて俺の体はゼロの腕の中におさまった。
暖かいが、何処か寂しいような…そんな温もりだった。
強く苦しいほどに抱きしめられてとても心配掛けたと反省する。
「ごめんなさい」と謝ると「俺もエルの気持ちを分かってあげられなくてごめん」と言っていた。
ゼロにこれ以上心配掛けないように庭師の事は言わないでおこう。
きっと庭師がいなくなっていれば言わなくてもすぐに分かるだろうが、今はとにかくゼロと仲直りがしたかった。
「兄様、誕生日台無しにしてごめんなさい」
「エルが無事に帰って来たならもういい」
「兄様のドレス、また着るよ」
「それはもういいから、今日は俺とずっと一緒に居てほしい」
俺は頷き、ゼロと共にしっかりと手を繋ぎ屋敷の中に入っていった。
まだゼロが作ってくれたお菓子があるからパーティーを仕切り直そう。
もう外は少し風が冷たいから大きな食堂で二人っきりの食事をしていた。
ゼロの両親が生きていた時は使用人と一緒に食事をしていたらしいが、ゼロは他人と共に食事をするのが苦手らしく俺は家族だから俺以外とは食事をしないから、使用人がここを使っているところを見た事がない。
ゼロは他人を信じない、食事も変なものを入れていないか厨房を監視できるカメラのような通信機具を置いている。
今はゼロも料理を出来るからそんな手間はしていない。
俺も早く料理が出来るようになってゼロの負担を減らしたい。
ゼロはしなくていいと言うが俺は掃除くらいはやっている。
掃除をしてくれる使用人はいるが自分の部屋の掃除は自分でやろうと思っている。
ゼロの部屋は使用人を部屋に入れたくないみたいでやっているらしく、掃除したかったが断念した。
「学校?」
「うん、俺も学校行きたい」
パンケーキを飲み込んでゼロに思っていた事を話す。
ゼロはもう俺の意見を聞かずにダメとは言わないが、困った顔をしている。
学校なら危ない事はないと思うがゼロはなにがそんなに心配なのだろうか。
パンケーキは甘酸っぱいソースが美味しくてもう一口頬張った。
ゼロは優雅にティーカップを持ち上げて形のいい唇に押し当てる。
それが妖艶で美しくて、変にドキッと頬が赤くなり目を逸らした。
「勉強は俺が教える、学校は行かなくてもいいんだし、無理に行く事は…」
「でも俺は勉強だけじゃなくて、友達とかもほしいし…家にいたら学べない事も沢山あるし」
「……とも、だち…」
武術を学びたいと言ったら絶対止められるからそれ以外の事を言ってみた。
しかし空気がピリピリと張り詰めた感じがした…自然と冷や汗が流れる。
ゼロはフッ…と笑っていた、しかし目は何だか虚ろで全く笑っていないのが怖かった。
俺、またゼロを怒らせるような事を言ったのか?ゼロのNGワードが全く分からない。
「友達がほしい?」と聞いてきて、下手な事は言えない空気だから必死に頷く事しか出来なかった。
もしかして家族より友達を優先すると思ってるから嫌なのか?
家族と友達は別だからゼロが危惧しているそんな事、絶対にないのに…
「エル、友達がほしいなら俺がなってあげる」
「……………え?」
「俺達は兄弟だけど血は繋がっていないから友達にもなれる」
「…に、兄様?」
「あぁ、それとも恋人もほしいのか?…俺なら恋人にもなれるぞ」
ゼロが可笑しな事になっているが、これはツッコミを入れていいのか全く分からない。
しかしゼロの顔はとても真剣で、冗談のように思えなかった。
家族で友人で恋人がゼロ?もうわけわからなくなってきた。
今の俺には「…友達以外の事も…いろいろと学びたい」とだんだん声が小さくなりつつこれが精一杯だった。
どうしよう、このままだとゼロに言いくるめられてしまう。
このチャンスを逃したらもう騎士にはなれないような気がした。
なにかゼロを説得出来る事はないかと考えていたら、ゼロは小さくため息を吐いて俺に微笑んだ。
「あまり縛ってしまうとまたエルが反抗してしまうか、いいよ」
「兄様!」
「その代わり、条件がある」
ゼロが許してくれて満面の笑みでゼロを見つめたが、ゼロは条件を出してきた。
どんな条件でも新しい道が開けるなら俺は何でもいいと頷いた。
ゼロは今まで見た中で一番男らしい顔で微笑み、テーブルに身を乗り出し、俺の頬を優しく撫でた。
至近距離でゼロの顔を見つめたから再び頬を赤くして見とれていた。
だから気付くのか遅れてしまい、ゼロの唇が俺の唇に重なり初めてなにされたか分かった。
キス……俺のファーストキス…なんでゼロが?え?どういう事?
「ふっ、んぅっ」
「…はぁ、甘い」
舌が入ってきて俺の口をめちゃくちゃに掻き回されて、息が苦しくなる。
唇が離れた時には既に息が上がっていて、慌てて深呼吸をしたから噎せてしまった。
ゼロは隣に回り込んで背中を撫でてくれるが、俺の頭は混乱していた。
あんなゼロは知らない、色気があって俺に溶けそうなほど熱い視線を送るゼロはまるで別人のように感じていた。
「まだまだ子供だな」と笑うゼロはいつものゼロのように感じた。
落ち着いてきてゼロになんであんな事をしたんだと目で訴えたが悪びれもなくゼロは言った。
「これが条件」
「……へ?」
「毎日俺とおはようからおやすみまで最低二回はキスする事、それが条件」
「……キ、ス」
「出来るなら学校に行かせてあげる」
キスって、海外では挨拶みたいなものなんだっけ…そう思えば兄弟でも変じゃない…か?
女の子じゃないし守るほど俺の唇に価値はないし、ゼロにされても不思議と気持ち悪くなかったからいいかなと頷くと再びキスをされた……不意打ちは心臓に悪いからやめてくれ。
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