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第8話

※※※ ポツポツと雨が降っているのを窓から眺めて壁に掛けてある時計を眺めた。 ゼロは学校だ、傘を持っていったっけ?と少し考えて部屋を出た。 家の玄関にある傘立てから二本傘を持ち、家を出た。 家の中は昔と違い、俺が立てた音の他に何の音もしなくなった。 そりゃあそうだ…だってこの屋敷には俺とゼロしかいなくなってしまったから… 事件は数日前に起きたんだ、使用人の一人が俺の部屋に勝手に入ってきた。 その日は夜中にトイレに行って戻ってきた時に鍵を掛け忘れた俺にも原因はある。 理由はよく分からないけど、その使用人は俺の上に覆い被さってきた。 俺はゼロのおはようのキスかと思い、寝ぼけて首に腕を回して甘えてしまった。 なんかベタベタしてるし、臭いな…といつものゼロのいいにおいと正反対で眉を寄せたところゼロの声が聞こえた。 俺に怒る時よりももっと地を這うような低い声で「何をしてる」とゼロは言っていた。 近くにいる筈なのに遠くからゼロの声が聞こえて完全に目を覚ました。 目の前に知らないおじさんが息を荒げて俺の胸を揉んでいて恐怖以外のなにものでもなかった。 ゼロの手によって俺の目は覆われて目の前で何が起きたか分からない。 おじさんの重さがなくなったと思ったらゼロの唇が俺の唇に触れた。 おはようのキスだろうか、でも今日のはいつもよりちょっと荒々しいキスだった。 するとさっきまで適温を保っていた室内が急激に冷えた。 まるで冷凍庫の中にいるような寒さだったが、ゼロがギュッと抱きしめてきて暖かい体温を感じる。 これはゼロの魔法だ、ゼロは氷を司る魔法使い…だからきっと俺の部屋は大変な事になっているのだろう。 ゼロに「良いって言うまで絶対に目を開けるな」と言われて、ギュッと瞑った。 あのおじさんを捕まえているのだろうか、しばらくベッドに座りゼロが帰ってくるまで待っていた。 ドアが閉まる音を聞いたら、再びドアが開いてゼロが近付いてくる気配がする。 「もう大丈夫だ」 「…兄様」 それからゼロは使用人を全員解雇した、また何処に変態がいるか分からないからという理由だった。 最初は自分の身の回りの世話をさせるため、俺と出会ってからは自分がいない間、俺の事が不安で今まで雇っていただけだと俺に話した。 もう俺は13歳だし、筋肉という筋肉はないが自己流の武術でそれなりに強くなったとゼロが認めてくれてもう使用人が必要なくなったのも理由の一つだと思いたい。 まだ少し子供扱いしてくるから、学校に通えるほど自立しないとダメなのかもしれない。 料理はやっと許してくれて俺が毎日作っている、ゼロも帰ってきたら空いた時間手伝ってくれるから二人でもやっていける。 だから今は俺達二人しかいない、買い物に出かけると相変わらず変な人に声を掛けられるが逃げ足は自信があり掴まる前に逃げているから被害はない。 変な人が怖くてずっと家に引きこもっていたら健康にも悪いしね。 傘を広げて歩くと、小さな水溜まりを踏み雨粒を弾き音を奏でていた。 正直俺は学校に行った事がなかった、行く用事も特になかったからちょっと楽しみで浮き足立っていた。 遠くからしか見た事がない学校を近くまで行き見上げる。 何人か学校から出てくる人を眺めながら行き違いじゃなきゃいいなと思いながらも、校舎の入り口を見つめる。 俺の横を通る人一人一人が不思議そうな顔をしながらこちらを見ていた。 ちょっと気まずくなり、目線を下に向けてゼロ用に持ってきた傘を握る。 「……エル?」 「あ、兄様」 いつも聞いている大好きな声に顔を上げるとゼロが近付いてきた。 ゼロの後ろには数人の女の子達が自分の傘を持ってそわそわと落ち着きなかった。 もしかして邪魔しちゃっただろうかとゼロと女の子達を交互に見つめる。 とりあえずゼロに傘を渡した、受け取ってくれたが使う気配はない。 やっぱり迷惑だっただろうかとショックを受けながら自分の傘を開いた。 傘に付いた水滴がぱらぱらと弾けて地面の水溜まりに吸い込まれた。 「エル、俺も入れて」 「でも兄様の傘あるよ?」 「エルとくっついて帰りたい」 俺にだけ聞こえるように耳元で囁いて、吐息が耳をくすぐり頬を赤く染めた。 ロボットのように何度も頷くとゼロは肩を引き寄せてきた。 お互い傘を開いたら距離が出来てしまうから俺もこの方がゼロを近くで感じられるから嬉しい。 傘はゼロが持って、ほとんど俺に傾けていたからゼロは肩が濡れていた。 だからちゃんとゼロも傘の中に入れるようにギュッと密着した。 一緒に学校を出て街を歩く、ゼロとくだらない話をして笑うのは楽しい。 そんな話をしていたらふとゼロは足を止めて何処かを見つめていた。 そこは路地裏の一角で、俺が見た時は影しか見えなかったが誰かが入ったのは分かる。 「エル、先に帰ってて」 「えっ?兄様は?」 「終わったらすぐに戻る」 ゼロは俺に向かって微笑んで頭を撫でて、自分の傘も差さずに路地裏に向かって走った。 帰れと言われたが、俺は何だかざわざわと嫌な予感を感じた。 ゲーム通りならゼロは騎士団長になってから悪役になる。 しかし、それは絶対ではなく…ズレが起きる事だってある。 実際に俺は妹ポジションだけど男だ、そういうズレがあるならゼロが何処で騎士団を裏切るかなんて分からない。 俺はゼロの後を付いていく事にした、ゼロを絶対に悪役なんかにさせない! 路地裏付近に到着するとゼロが見えて、気付かれないように慌てて建物の影に隠れる。 ゼロは全身を雨に濡れさせて膝をついていた、唇を切ったのか口元を押さえている。 ゼロの目の前にはあのいつかの騎士団の兵舎の前にいた屈強な大男がいた。 二人の傍には服が伸びてボロボロの全身アザだらけの少年がいた。 なにが起きているのかすぐに分かり、顔を青くする。 「どういうつもりだ、ただの騎士団員の分際で」 「それはこちらの台詞です、団長」 団長?この大男は団長だったのか、ゲームでは元騎士団長はゼロでそれ以前の騎士団長は出てこなかったから知らなかった。 見た感じでは理由は分からないが少年を騎士団長が殴って、ゼロが止めたという事だろうか。 騎士団長はゼロの胸ぐらを掴んで威圧感を出すがゼロは全く怯まなかった。 それが気に入らなかったのかもう一発殴ろうとしたから俺はとっさに飛び出した。 いくら強くなったからといって、王都を代表する騎士団長に勝てるとは思わなかった。 でもゼロが殴られているのを黙って見ていられなかった。 騎士団長に突進して、ゼロを掴む腕が弱くなったところでゼロを押した。 ゼロが殴られなくて良かったと思うが、代わりに俺の頭に衝撃が走る。 脳を揺さぶられる感覚に視界が歪み吐き気がして、冷たい水溜まりの中に体が沈んだ。 意識が途切れる前に、ゼロの綺麗な手が視界に映った。 手を伸ばしても距離があるからか、何も掴めなかった。 その手には、真っ黒な煙のようなものをまとっていた。 ダメなんだ、その力を使っちゃとは思うが…声に出ないし伸ばした手も力がなくなり視界が真っ暗になる。 ゼロは特殊な魔法使いだと言われている、普通の魔法使いは属性が一つしかない。 でもゼロは違う、氷の龍の使い魔の属性と後一つ…呪の死神の属性を持っている。 呪の属性はとても危険なもので、禁忌とされている。 だからゼロは普段氷しか使わない…人の命を奪う事しか存在していない呪いの力を嫌っていた。 しかしゼロは騎士団長を辞めて人を殺し始めてからは呪いの力を受け入れて使っていた。 そのせいで呪いの力に呑み込まれてしまうストーリーがあった。 俺のせいだ、俺が飛び出さずに人を呼んでいたらゼロがあの力を使わなくてすんだのに… でも、その間にゼロの体に傷が出来るのは嫌だった…ゼロには、幸せに笑っていてほしいんだ。

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